Essay 37 土地だけ欲しい!

急に仕事場にやって来て、さっきから一人で、まくしたてているのは知人のN氏。
「大体なんで、土地を探しているだけなのに、建物まで建てなきゃいけないの?土地だけ欲しいって言ったら、建築条件付だから建物も一緒に建てなきゃ駄目だって言うんだよ。」 


N氏が以前から家を建てる為に、土地を探していることは知っていた。一緒に酒を飲むと、大工をしている彼のお兄さんと、まだ見ぬ新居の話で随分と盛り上がったことが、何度か有るからだ。


その彼が、ようやく気に入った土地を見つけたのだが、その土地は『建築条件付』の分譲地だったために悩んでいるのだ。お兄さんに建ててもらう事も出来ないし、設計だって私に頼めない。


「建築条件付」とは、土地を販売している不動産会社が、建物の建築までも契約し下請けの設計事務所と建設会社に依頼し、建物を建てる仕組みの事で、「土地だけを販売しても儲からないので建物で儲けさせてね。」と言う条件のことである。


もっともこれが全て悪いわけではない。私だって、こう言った建て方に協力した事は何度もある。ただし私の場合は住む人と直接会って、打ち合わせをさせて頂くと言う、条件が付いた上でのお手伝いだが。 


今回のように自分の知り合いの大工や設計士に、図面を書かせたいと思っている人にとっては、『建築条件付」と言うのは、少しばかり厄介な仕組みなのだ。


「さっきから何度も言っているように、どうしてもその土地が気に入ったんだったら、建築条件を飲むしか無いんじゃないの?」
「でも建築条件付きって、設計だって営業マンと打ち合わせをするだけで、設計士と会えないのに図面だけは出来上がるって聞くけど?それに工事する大工さんだって、不動産屋の下請けみたいなものでしょう?ちゃんと工事してくれるの?」 (ううっ、鋭い。流石にその当たりの裏事情にも詳しい。)


確かに、不動産会社が販売する土地の『建築条件付』は、下請け作業によるところが大であり、その為に弊害を伴うことも、一部だが事実である。


設計と言っても、ほとんどの場合が下請けの設計事務所に、安い費用で作業を任しているため、事務所側も費用に見合った仕事しかしない。 (しかも、その費用には工事監理費などと言う物は、含まれていない事がほとんど。したがって出来る限り、簡単にかつ迅速に仕事を終わらさなければ足が出てしまう。)


また、工事だってお抱えの業者が安い手間賃で請け負っているため、その中から少しでも利益を出そうと、かなり苦労して仕事をしているようだし・・・。


ムムムッ、一体どうしてこうなってしまったのか?
何れにしても、その土地を購入する限りにおいては、彼のお兄さんが工事を、そして私が設計をするという彼の計画は夢と消えることだろう。などと考えている間も、N氏は3杯目のコーヒーを飲んでいた。


「それじゃあ、不動産屋に希望を話したらどう? 例えば、設計は設計者と会い、納得するまで打ち合わせをしてもらえること。それから、工事中の重要な箇所は設計者に現場をチェックしてもらい、指摘事項や是正箇所の工事監理報告書を提出してもらうこと。 まあ、最低限それくらいは言ってみたらどう?一生に一度の事なんだから、これくらいの条件は飲んでくれるでしょう。もしも、それも駄目だというのなら、その時は私がなんとかしましょう。」

と思わず勢いで言ってしまったが、渋々でも納得したようでN氏は重い腰を上げた。

ああっ~、それにしても私の貴重な2時間が、コーヒー3杯と共に消えて行ってしまった。これは、ただ働きだとN氏は解ってくれているのだろうか?


数日後、元気の無い様子で再びN氏はやって来た。(またも、突然に) 不動産屋との交渉が、上手くいかなかったので、私にプランだけやって欲しいとのこと。


「そのプランを不動産屋に渡すから。」(げぇっ!そんなに簡単にプラン出来ないよ~~~! それに私の報酬、考えてくれてるの?)


「コーヒー、もう一杯もらえる?」


2杯目のお代わりをしながら、彼は煙草を吹かしている。この分だと、工事のチェックも依頼されそうだ。いくら友達でも、ただ働きでは食べて行けない。今のうちに費用の話だけはしておかないと、今にコーヒーも買えない事務所になってしまうかもしれない。

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