essay 40 探偵の事件簿2

鏡は縦にひび割れて 1
 
これで、全てが終わったのか・・・。
一抹の不安を残しながらも、私は神社の石段をゆっくりと下りて行った。足元には黄色い絨毯のように、銀杏の葉が敷き詰められていた。季節は、静かに冬を迎えようとしていた。
 
 
 
薄っすらと、額に汗を滲ませながら、私はその建物を見上げている。
 
街中から、そう離れていないにも関わらず、その一角だけなぜか暗い感じがする。
大きな木が、平屋の家を包み込むように生い茂り、どこか陰鬱な様相を示している。黒い日本瓦が葺かれた屋根、薄いグレーの外壁・・・空家になってから6,7年と聞いている建物の前に、私は立っていた。
 
良いように解釈すれば、落ち着いた雰囲気の「日本家屋」が建つその場所は、街中にも近く交通の便も良い。値段だって周りと比べると、安いらしい。しかしなぜか、その土地は売れなかった。
 
不動産会社の話しに拠ると、何人かの購入希望者は居たのだが、話しがまとまりそうになると、何か問題が起こり結局契約出来ない。その繰り返しだったらしい。それを購入したのが、今回の私の依頼主H氏だった。
 
H氏は、この建物を取り壊し2階建ての住宅を建てるという計画を考えていた。私はH氏の依頼を受け、敷地・建物を調べるべく、こうしてやってきたのだが・・・どうも、玄関を開けるのが気が進まない・・・。なにか、嫌な感じがする。
 
それでも入らない訳にはいかないので、借りてきた鍵で木製の玄関を開け、中に入ることにした。室内は暗く、足元もおぼつかない。ようやく目を慣らし、部屋の奥に入って行くと、喉に何か異物感を感じる。何かが詰まったような感じだ。(埃か?)
 
室内は、まだきれいと言っても良い畳の部屋が4室。ちょうど「田の字型」の、間取りをしていた。とても、7年も空家だったとは思えないほど、きれいな状態だ。
 
私は、明かりを求め雨戸を開けることにした。硬く閉ざされた雨戸を、こじ開けるように開くと、そこには小ぢんまりとした庭があった。庭の真中には畳3帖分ほどの池がある。庭の広さから言えば、大きすぎるほどの池は、静かに水を湛えていた。
 
喉かな情景だ・・・。ん?この建物は、7年も空家だったはず。なのになぜ、池にあんなに水が?しかも、水に淀みも無い・・・。(やっぱり、この家なんか嫌だなァ・・・そんな感じが、私から離れなかった)
 
私はゆっくりと、家の中を振りかえった。突然、何かが動くのを感じた!(私のビビリ度はイエロー・ゾーンに突入)なんだ?正体を突き止めようと目を凝らすが、何も無い。(気のせいか?)が、次の瞬間!やっぱり何かが動いた!
 
それは、神棚に飾られた水鏡に映った私自身だった。ホッとしたのも束の間。なんで、神棚に水鏡が残ったままなんだ?しかも、丸まるように柱に貼り付けられたままの、お札が一枚。
 
もうダメ!完全にビビッてしまった私は、外へ飛び出した。煙草を一本取り出し、落ち着こうと火を付ける。
 
ちょうど、そこへ犬の散歩中らしき、おじいさんが通りかかった。建物から飛び出してきた私の顔と、建物を交互に見ながら、何かブツブツ言いながら通り過ぎて行く。(嫌だな~この建物)
 
私は、煙草2本と穏やかな日の光を浴び、少し落ち着きを取り戻した。
もともと古い建物、それも空気が動かなくなった建物と言うのは、あまり好きではない。
 
古い家・・・空気の淀んだ家には、何か一種独特の情念みたいなものを感じるからだ。まだ、家人がそこに住んでいた時の「喜怒哀楽」の念を、家が懐かしんでいるような、錯覚に襲われる時が有る。だが、この家にはそれとは違う、何かを感じる。そんな気がして、ならなかった。
 
私は気を取り直し、敷地周辺の状況を調べ始めた。庭に廻って、あらためて池の周りも歩いてみる。(一体どこから水が流れてきているのだろう?)見たところ、水道や水が流れてきそうなパイプも見当たらない。(不思議だ・・・雨水を湛えているのか?)
 
深さが、3~40cmほどの池だ。水も清んでいる。見落とすはずも無いのに・・・。
その時、池の底に丸い物が沈んでいるのを見つけた。(軟球かなァ?)それは、野球ボールほどの大きさの物だった。私は、なぜだか軟球だと思い込んでしまい、直ぐに興味を無くした。
 
敷地と隣地との高低差や、電柱の位置なども調べ終えた私は、役所に行って「法的制限」の調べ物をしたかった。雨戸を閉め、玄関に鍵を掛け戸締りを終える。
 
私は、まるで逃げるように建物を後にした。この時点で私は、建築探偵として2つのミスと、1つの勘違いをしていた。その事に気が付くのは、ずっと後のことになるのだが・・・。
 
そんな私の後姿を、誰かが笑って見ていた・・・・・。
 
 
 
 
                                                       続く
 

 
※「探偵の事件簿 鏡は縦にひび割れて」は、予想以上に長くなってしまいました。
そこで、何回かに分けてUP指せて頂く事にしました。続編は近日UP致しますので
暫くお待ち下さい。宜しくお願い致します。                    探偵長

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