Essay 60  妻たちの帰ってきた「建築学入門」

打合せから戻った営業マンは、早速いつもの設計事務所にFAXを入れる。話してきたばかりの様子や概略を、電話で伝え「明日中に、プラン仕上げて持って来てくれる?出来れば、1案じゃなく2案作って持ってきてね~。それじゃお願いしますよ!ガチャ!」


この電話一本でプラン作成の仕事は、営業マンの手を離れる。プラン作成の依頼を受けた設計事務所も慣れた物で、建築基準法をなんとかクリアする程度の図面を、簡単に書きあげるのである。


別に悩む事など何も無い。営業マンが打ち合せ中に描いた、マンガみたいなスケッチを、人が住める程度に清書するだけなのだから・・・。だいたい、半日もあれば終わってしまう作業である。(そうでなければ、とても一晩でプランが出きるわけがない)


この設計士、間違っても現場なんかには行かない。そんな時間も無いし、そんな費用も貰ってないからである。


これで、「一丁上がり!」。もう一つのプランは、時間が無いから昔のプラン集を引っ張り出してきて、この土地に入りそうなやつを探し、現場名だけ消してコピーすれば、はい出来上がり!


約束通り次の日に不動産屋に届けて、1回目のプラン作成は完了する。しかも、見た目には2案作った格好になっているから、見事としか言いようが無い。


「おいおい!何千万と言う大金をはたいて建てる家のプランが、そんなことで良いのか~?」と感じたあなた、あなたは甘い。


だいたい不動産屋に、建物のプラン作成の費用、1円でも払いましたか?払ってないでしょう?当然、不動産屋は設計事務所に、プランの作成料なんか払いません。(キッパリ!)


それなのに設計事務所だけが一生懸命頭ひねって、感性や技術を注げますか?一面識も会った事もない人の家ですよ?営業マンからの又聞きだけで、その家族の考えている事だって、何にも知らない状況なのに、どうしてその家族が一生住む家の事を考えられるんですか?これが、俗に言う代願事務所のやり方なんです。


よく、住宅メーカーに土地の図面を持って行くと、コンピューターを使ってプランを書いてくれるやつがあるでしょう?あのプラン、だいたい基本の形があるんですよ。ちょっと、建売住宅のプランを書いたことのある人なら、す~ぐ書けますから。後は、それを人が書くのが、コンピューターが書くのか・・・・・それだけの違いです。(余談ですが、あの程度の計画図で良いのなら、私20分で書き上げる自信有りますよ~。15分でも書けるかも?つまり、その程度って事)


不動産広告に「建築条件付き」とか「フリープラン」と書いてあったら、それは「この家のプランは、自分で考えて下さいね。清書はこっちでするし、工事もこっちの言い値でやらして貰いますョ~!」と書いてあるのだと、覚えておいて損は無い。


そんなこんなで、約束の3日後を迎える。相変わらず笑みを浮かべた営業マンは、例のプランを2つ提示する。当然、奥さんは喜ぶ。短い時間の中で、良くここ迄考えてくれてと言う事になるのである。


そして、2つ書いて貰ったプランの、どちらかを選択する事になってしまうのである。勿論選ぶのは、奥さんが話していた物を清書しただけのプラン。


「まぁ~、私の考えていた通りだわ~」と言う事になり、後は多少の手直しを言われ、プランは決定する。(そりゃあ~、貴方が考えた絵だからね~と思っていても、決して顔に出さないのが、優れた営業マンの素質である)


この間の打ち合せ回数は2,3回で、当然その都度の図面の訂正は、例の設計事務所が、ただでやることを付け加えておこう。


かくして奥さんの建築学の勉強の成果は、どこにも現れていないプランが出来上がってしまうのだが、この事実には当人さえも気が付かないのである。


なんだか知らぬ間に出来あがった平面図を前に、うっとりとご満悦の笑みを浮かべる、奥さんのマインド・コントロールは、ここに頂点を極める。ご家族の前で、心底笑顔の営業マンであった。

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