Essay 77 襖の思い出

家に関する子供時代の思い出と言うのは、人それぞれに有ると思います。例えば、叱られて閉じ込められた押入れの暗さと狭さや、2階に上がる階段が、やけに暗く感じて上るのが怖かったりと、その内容や場所は人それぞれでしょう。


私の子供時代の思い出と言えば「トイレの怖さ」と「襖」です。
トイレの怖さと言うのは、今の人には想像が付かないでしょうが、昔の家のトイレと言うのは本当に怖かったんです。大抵が、縁側の廊下の突き当たりに「横桟式の板戸」があり、閂錠の茶色く煤けた不気味な扉が付いていたのです。


昼間は縁側の窓が、開け放たれていたので怖くないのですが、夜になると雨戸が閉められ、廊下には薄暗い電球の明かりだけ。廊下も一歩歩くたびに、ミシッ ミシッと音を立て怖さ100倍!おまけに汲み取り式のトイレだった日には、中から不気味な手が出てくるのではないかと、おちおち用も足せないほどでした。まぁ、子供だったから感じた怖さだったのかもしれませんがね。


もう一つ印象深いのは、やっぱり「襖」ですねぇ。
私の家は、「家庭の事情」が複雑だった為、5歳頃までは父親(説明が面倒なので、そう言うことにしてお話します)と、二人で住んでいたのですが、住んでいたのは四国、香川県は丸亀城のお堀の目の前に建つ、長屋のような住まいでした。


今では想像できないでしょうが、当時は廊下で続いたいくつかの部屋を、一部屋一部屋違う人が住んでいたのです。えっ?今のアパートと一緒だって?それが全然違うんです。


簡単に言うと、部屋と部屋の仕切りは襖、部屋と廊下の仕切りは障子だったのです。だから、全部の建具を開け放つと、ただの大きな部屋に早代わり。今、こんな賃貸は無いでしょう?貧しい生活をしていたんですよ。


で、襖なんですが、私の記憶にある隣の部屋の住人は、水商売のお姉さんでした。芸者衆かホステスさんかは、今となっては思い出せませんが、夕方の食事時になると、なんとも言えない「甘い香り」がするんですよ・・・。多分「おしろいや紅」と言った化粧品の匂いだったのでしょうが、ナント言っても男所帯ですから、そんな匂いを嗅いだことの無い5歳の男の子には、なんだか「甘く切ない香り」だったんですよ・・・。


純真無垢な5歳の探偵長は、そぉ~っと襖を開けて覗くと、きれいなお姉さんが鏡に向かい頬を叩く姿が。思わずうっとりしながら覗いて見てました。(犯罪では有りません。なんと言っても5歳の子供のすることですから)


今考えると昔の家と言うのは、「障子や襖」で部屋が仕切られていたことが多かったですよね?だから、「配慮や気遣い」と言う心を、教わらなくても子供の時から知っていたような気がします。


例えば、隣の部屋で病人が寝ていたりすれば、子供は言われなくても静かにしていたし、誰がどこで何をしているのかも、気配でなんとなく判ったものです。つまり、あんまり「家の中に秘密」みたいな物がなかったんですねぇ・・・。


近年、地震国日本は家に「耐震性」を求めることが多くなりました。私の住む小田原にも「60年周期」で訪れる大地震がありますが、その周期はとっくに過ぎています、だから、耐震性の向上に躍起になられる建築主の方は多いのです。


この耐震性を追求すると、否応なしに昔の襖や障子で仕切った家を、否定することになります。つまり「耐力壁」の損失に繋がるから。耐震性だけの問題で「家」を考えるのなら、耐力壁で囲んだ狭い部屋を独房のように並べれば良いのです。少なくても「地震の水平力に対する抵抗値」は上がると思います。ところが、実際にそんな家が快適かと言えば、そうで無いのは想像も容易なことでしょう。


今は部屋の仕切りとして用いられることの無くなった「襖や障子」がもたらした効果と、耐震性追求のパラドックスは、建てる人の考え方次第なのです。


極論で言えば、家の中の風通しが良い家には有るが、風通しの悪い家の中には存在しない物が有ると思うのです。ご説明は致しません。建てる人にも「家とは何のために建て、何を望むのか」を考えて頂きたいと思うからです。


ちょっと、「起承転結」が下手な文章になりましたが、なんとなく「何が言いたいのかなぁ~」と、感じていただければOKです。


最近、文章を書くのはテクニックではなく「気持ち」なのだと思っているからです。
5歳の私が覗き見た、あのきれいなお姉さんが、今でも心の中に甘く切なく残っています。ちょっとだけ、貧しかった幼少期の私の「宝物の1シーン」なのかもしれません・・・。

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