| EAMES DESIGN CHARLES & RAY EAMES |
台風一過で残暑がぶり返す8月24日の金曜日、東京は上野にある「東京都美術館」にイームズ・デザイン展を見に行ってきました。
東京都美術館はJR上野駅を降り、徒歩10分ほどの場所に有るのですが、近くには数々の有名な美術館や博物館が並んでいます。「上野の森美術館」は、アマチュアの作品展が多く開催される事でも有名ですし、「東京文化会館」ではオーケストラのコンサートなども開かれます。その他にも「国立西洋美術館」・「国立科学博物館」・「東京国立博物館」と並んでいますし、何よりパンダで有名な上野動物園の隣に有るのです。
平日とは言ってもまだ夏休み、親子連れが賑わう上野公園を、トボトボと歩くオジサン一人。
う〜ん、まったく絵にならない!(笑)
「東京都美術館」の中では、他にも多数の展示が行われていました。ですから年配者の方がロビーには大勢要らしたのですが、イームズ展に入ったらビックリ!だってほとんどが若い女性ばかりなんです。しかもみんな可愛い!(笑)いや〜長い事、建築の仕事をしていますが、建築業界も変わってきたな〜なんてことを言ったらクレームの嵐になりそうなので言いませんが(^^;)
イームズの展示はB1・1・2Fの3層に渡り展示され、テーマによって分けられています。おっと!「イームズって誰?」と言う事に触れてませんでしたね?
チャールズ&レイ・イームズ展とありますから誤解されるかもしれませんが、これはチャールズ氏と、その妻レイさんの二人のことなんです。建築家であったチャールズと画家のレイ。この二人の出会いが1940年以降の世界の家具・建築・映画・玩具などのデザインを、方向付けたと言っても過言ではないでしょう。
私が見に行ってきたのは、そんなお二人の作品を直接感じたかったからなんです。まぁ、私の下手な説明より「イームズ展」のホームページがありますから、そちらで直接ご覧頂いた方が解るかもしれません。私のお話は、一見学者の裏話に限らせていただきましょう(^^)
展示されている名作椅子の数々は、流石本物!思わず「触りたい〜、座りたい〜、出来れば頬をスリスリした〜い!」と思わせる物ばかりで見とれていたのですが、ふと周りを見ると、流石今の若者は見方が違う!目の前に有る本物の椅子を見ないで、壁に書かれている説明を夢中で読んでいるのですから、「なるほど、感性も文字から触発される時代なのだなぁ〜」と妙なところで感心してしまいました(^^;)
このイームズがメジャーデビューするきっかけになったのが、何を隠そう「戦争」なんです。もともと、イームズは「安価でデザインに優れ、丈夫で機能的な家具」を目指していたのですが、その為の材料として好んで使っていたのが合板なんです。ほら、コンパネとか呼ばれる板があるじゃないですか!あれですよあれ。しかもその合板を熱で曲げたりしながら加工する事に拘っていたのです。
えっ?戦争と関係ないって?実は大有りなんです。その加工技術と耐久性の良さ、それに値段が安い事で「負傷した兵隊、それも足の骨折時に添えるギブス」の生産を依頼されたのです。これである程度の蓄えが出来、技術の確かさ、デザイン性の良さを認められた事が、次にステップするための大きな出来事だっのは確かだと思います。
そう言えば私と一緒に入館した若い女性の二人連れと、ほとんど同じ歩調で見学しているのですが、この二人の会話が何気なく聞こえてきます。
「ねぇねぇ、イサム・ノグチって誰?」
「野口英世の親戚じゃない?」
オイオイ、マジかよ〜(^^;) イサム・ノグチを知らないでイームズを見に来るなんて、アントニオ猪木を知らずして、ジャイアント馬場を語るようなもんだぞ〜。有名な「NOGUCHI Table」を知らんのか?
イサム・ノグチも有名なデザイナーです。ルイス・カーンとコラボレートした唯一の日系デザイナーなんだから〜。コイツラ本当に建築関係なのかなぁ?ジーーーッ(←疑いの眼差し)
そうこうするうちに展示作品は私の好きなCSHへ。これは1945年当時、アメリカで発刊されていた「アーツ&アーキテクチャー」と言う建築雑誌の中で「ケース・スタディーハウス・プログラム」と言う試みとして行われた住宅郡の事です。プログラムの趣旨は「南カリフォルニアの住宅状況を改善する」・「平均的なアメリカ人に手が届く値段の家」と言う事を模索する試みで8人の選ばれた建築家が実験的に家を設計したのです。その中でも取り分け評価が高いのが、イームズ夫妻が設計した自邸「イームズ邸」なんです。その工事中の写真や建築模型が展示されている前で・・・
「ねぇねぇ、この家 なんか工場みたいじゃな〜い?」
「窓が大きくて暑そうだよね〜」
コイツラ絶対に建築関係者じゃないと確信しました!いや天が許しても私が許さん!なんならここで成敗してくれようか!と思ったのですが、人目も有るし私も大人。まぁ、今日のところは許してやる事にしました。
それと「工場みたい」と言う判断はあながち間違いでもないのです。イームズは住宅の設計をするのに、工場の部品などを多用して造りました。その方が安くて丈夫だから。もっとも、工場とは似ても似つかないほどシャープで、オープンな住宅に仕上げたのですから、当時の評価は凄かったんです。いえ失言、今でもその評価は凄いものです。私の好きな建築の一つがイームズ邸なんです。
イームズのデザインの流れを受け継ぐ物は、大なり小なり皆さんも使っているかもしれません。例えば玩具。子供の玩具で鍵盤ごとに色分けされている鉄琴を見た事が有りませんか?あれも原型はイームズのデザインです。
おっ!こ!これは!欲しい〜〜〜!と思わず唸ったのは1945年製の合板テーブル。こんなデザインなら今でも造れると思うのですが、やっぱり本物は違う!
本物の絵を写真に撮って、どんなに綺麗にプリントしても本物と見比べちゃうと負けますよね?本物って有無を言わさぬ説得力みたいな物が有ると思います。出来れば小さい子供の頃から、いろんな本物を見せてあげると良いですね。
ところで・・・・・合板テーブルを、涎を垂らさんばかりに食い入るように見つめる男も、チョッと怪しかったかな?(^^;)
さて、そうこうするうちにもう直ぐ出口。通路右側の部屋ではチャールズが1971年にハーヴァード大学で「もの」について語ったフィルムが上演されていました。ところがフィルムは当然ながら英語。勿論字幕なんか有りません。そのせいか中はガラガラです。ところが私は見つけてしまったんです!エヘヘ
なんと椅子が、イームズデザインのプラスチック・アームチェアーじゃないですか!しかもエッヘェル塔ベースのモデルだーーー!さっきまで座りたいと涎を垂らしていたモデル。これを見逃す私じゃ有りません!ちゃっかり座り込み、撫ぜたり頬をスリスリしたりと、その感触を堪能してしまいました〜。
人間、ちょっとした悪戯心と言うのはあるもので、ホテルのバスタオルを持って帰ってきたり、飛行機の機内食に付いていたフォークを失敬したりしたことが、一度や二度は有りませんか?数あるアームチェアの一脚を、何とかして持って帰れないかと考えたのですが・・・・・チョッと鞄に入りきらないので今回は泣く泣く我慢しました。(良い子の皆は真似しないように)
チョッとガッカリしながら、グッズの販売コーナーに行くと、なんと!この企画限定のスペシャル・アームチェアーが売っているじゃありませんか!どれどれ、いくらだろう?ん?一脚15万か・・・・・限定モデルにしては安いが、椅子一脚の値段にしては、ちと良い値段。
しかもこの椅子を新幹線で担いで変えるのは嫌だけど・・・・・でもカードは持っていたよな〜。なんてお気楽な事を考えながら、もう一度値段を確認すると・・・・・ガ〜〜〜ン!一脚150万円の間違いでした!思わず後ろへ一歩、あとずさったのには自分でも笑いましたけどね(^^)
見回すと、手のひらに乗るほどのミニチュアサイズの椅子の模型も売っています。どれどれ、これはいくらかな?・・・・・安い奴で1万、高いのだと5万もする(冷汗) 今回のところは勘弁しといてやるか・・・。
仕方が無いので、イームズ展限定のコンセプトブック(¥3.300円)を購入。これも本代のうちなのかな?今月、本題使いすぎだ〜(泣)
おっ!例の二人組みが、なにやら見ているぞ。
「あんまり可愛いの無いね?」
「本とか買っても読まないしね! あはははは」
お前ら帰れ!2度と来んな! ハァハァハァハァハァ
すいません、取り乱しました。ったく〜、あいつら何しに来たんじゃい?
まぁ、ナンヤカンヤと変な二人組みでは有りましたが、私と同じ程度の時間を費やして見学していた事だけは事実です。2時間半ぐらいは見てた事になりますから、まぁ良しとしましょう(^^)
何の話だったか良くわからなかったかもしれませんが、私の感想をまとめると、イームズの凄いところは子供のような観察力と感動する純粋さ、それに妥協しない強さに有ったのではないかと感じました。どうすれば気持ちよく、美しく、快適になるかを純粋に追求したのだと思います。
彼は何気ない物の中にある「美」を見つけては感動しています。ハーヴァード大学の講演の中で、こんな事を言っていました。
封を切った包みにも独特の魅力があります。
隅が破けているようす、まるで誘っているようです。
最初の一枚を取り出すときの、あの特別な感覚。何かが変わるような、あの感覚−
薪の束。ある時期にはこのうえない憧れの対象です。
薪にも、あの感覚、最初に手をつける時のあの感覚が有ります。
最初の一本を取り出すと、もう束は崩れてしまう。
そしていつのまにか、薪の束はなくなってしまいます。
合理性から生まれた美、そしてその終焉。それを何時でも純粋な目で捕らえ、求め続ける事が大切なのでしょう。これはデザインを仕事にしている人にとっては勿論大切な事ですが、そうではない人たちにとっても、やはり必要な事だと思います。
自分の家や店を作るとき、そこに美しさも必要な事だと思うから。合理性から来る美、あるいは機能から来る美も然り。これなくして「心の潤い」など有る筈がありません。大切な事なのだと思います。
私の心の引き出しに、少しだけ何かを仕舞って来る事が出来たイームズ展でした。
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