Essay 158 密室を超えて

『高層マンションのベランダから、幼児が転落死!』と言う痛ましい事故を、時折目にする事が有ります。本当に悲しい事故ですし、出来れば同じ事故は繰り返さないように配慮して欲しいと思うのですが、残念ながら、この手の事故が完全に無くなる事は難しいのかもしれません。


建築基準法上、手摺の高さは「床面から110cm(1m10cm)以上」と規定されています。この高さは平均的な日本人の身長から、重心の位置を割り出し、その高さに余裕を持たせた高さだと聞いた事が有ります。実際110cmと言えば、私の臍の高さもあり、大の大人だって簡単に跨げる高さでは有りません。


ですから身長の低い幼児が乗り越えられる筈が無い! しかし現実は、この手摺をすり抜けています。なぜでしょう?手摺子の間隔が広すぎるのでしょうか?それとも何処かに、見えざる出口が有るのでしょうか?


手摺子(縦の棒の事)の間隔は、11cm以下と言うのが、設計者としての一般的な常識です。また調べてみたら出産直後の赤ちゃんの頭部の直径は、平均して9~10cmの大きさだそうです。仮に這い這いが出来るのが5ヶ月頃だとしたら、この時期に頭部の直径は、既に11cmを超えている計算になるんです。だとすれば、幼児に11cmの間隔しかない手摺子を、すり抜けることは不可能。


不謹慎な言い方かもしれませんが、これは幼児にとって「密室」と同じ条件です。すり抜ける事が出来ない幅の手摺子、乗り越える事が不可能な高さの手摺。どう考えてもこの密室を通り抜け、手摺の向こうに飛び出す事は不可能そうに思えませんか? 


でも実際に事故は起きている。そこで何処から抜け出しているのかを、推測してみたいと思います。これを読まれて、ご自宅のバルコニーを、もう一度良く眺めて頂ければ幸いです。(先にお断りしておきますが、決して不謹慎な思いで書いている訳でも、遊んでいる訳でも無いことだけお断りしておきます)


■推理1 見えざる出口

  床面から110cmと言う、手摺の高さに嘘が有る。確かにバルコニーの床面から、手摺の高さまでは110cmかもしれませんが、実は横棒が、もう一本有る場合があります。

その横棒との隙間を潜り抜けるのが左図の例。この場所に隙間が有れば、這い這いが出来る子なら潜りぬける事が可能だと思います。大人には、とても考えられない場所ですが、子供の目線で考えれば、まさに調度良い高さ。

違いますか?

■推理2 見えざる落とし穴

  左図の絵は逆立ちする猫ではありません。

ベランダ本体から飛び出した位置に、手摺が設けられているのを見た事が有りませんか?この時には、手摺と壁の垂直な距離と、手摺の下の部分と壁との斜めの部分の距離が問題になります。

住宅都市整備公団のマニュアルによると、手摺子の間隔は11cmと有りますが、この部位の幅は12cm以下と書かれています。つまり手摺子より幅が広いんです。場合に拠っては、大人でも足を落とす危険性さえあると思いますので、お気を付け下さい。

■推理3 見えざる階段

  ベランダって、意外といろんな物が置いてありませんか?灯油のポリタンクやビールのケース。植木の道具や外遊び用の玩具等など。場合に拠っては、小さなバルコニー用物置が置いてあって、その中に整理されている方も居るかもしれませんね。

でも本当は、バルコニーに物を置いてはいけないんです。避難経路としての安全の確保の他に、子供にとっては危険ですから。

これも大人には考えられない行動かもしれませんが、怖い物知らずの子供には、充分予想できることかもしれません。
その他にも避難梯子のハッチや、目隠しの為に設置したウッドフェンスに、足を掛けて上ることも考えられます。危険を予想すると言うことは大切な事です。「うちの子に限って」と考えずに、出来る限りの配慮をしたいものですよね。

近年、高層マンションに住む子供達に「高い所を怖がる」と言う感覚が無くなっていると聞きます。生まれた時から高い場所に住んでいるのですから、有り得ない話では無いですよね?そんな子供たちが危険と認識せずに、手摺を潜り抜ける可能性って、考えてみるとチョッと怖いです。


この手摺の話は高層マンションに限った話ではなく、一戸建て住宅の2階に設けられたバルコニーでも同じだと思います。「建築のプロだから・・・」とか、「素人だから・・・」と言う話ではなく、子供の目線で物を見た考え方が大切なのかもしれないと思います。

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