嵐の夜、何処かの誰かの話

近頃話題の高断熱住宅。壁や屋根といった建物外側に面する部分の断熱性能を向上させ、家の中の小さなエネルギーで冷暖房をまかなおうと考えた家。そのため熱の影響を一番受ける窓はなるべく小さくし、出来れば数も減らして、かつ気密性・断熱性能の高い窓にする必要があります。基準法で設置が義務付けられている24時間換気も、自然吸気・機械換気方式では断熱性能が落ちるので、吸気・換気共に機械式を採用し、熱交換率の高い高性能型とすればバッチリ! そして室内の温度管理は、効率の良いエアコンで対応します。これで一日中、快適に過ごすことが出来ます。

ただし停電になったら絶望します。

小さな窓を必要最低限しか設けていないので、風が抜けません。北側に配置したトイレや洗面・浴室の窓だって、無い方が良いので設置しません。なぜって今まで住んでいたマンションには、水廻りに窓なんて無かったので、戸建てだって無くても大丈夫! とにかく換気扇さえ回しておけばOK。昼にトイレに入る時だって、電気を点ければ良いだけの話。LED電球なので電気代も掛かりません。

ただし停電になったら絶望します。

昼間でも懐中電灯やロウソクが必要となり、部屋から部屋への移動は手探り。でもそんなことは小さなこと。停電なんか滅多にないのですから。一年の内、夏と冬の二回だけです。なんたってオール電化住宅にすればガス代のランニング・コストも必要ありませんから、浮いた費用でいろいろ買い物も出来ちゃいます。エコ・キュートを利用しているので、安い電気代でお風呂にも入れます。とにかくお得、お得が最強なんです!

ただし停電したら絶望します。

お湯が沸かないのでお風呂には入れません。でも2~3日ぐらいなら、お風呂に入らなくても大丈夫。水で頭を洗えば良いのです。小さな窓でも開けておけば、申し訳程度の風は入って来ます。家族全員が窓の傍に集まって、風を感じていれば停電なんて大したことじゃありません。うちわや扇子があれば大丈夫。無ければ子供の下敷きを借りて、パタパタ仰げば何とかなります。

ただし停電の時に台風が来たら絶望します。

なんせ窓が開けられないのですから。室内は蒸し風呂のようになってしまいますが、それでも何とかなります。なんせ停電で台風の大雨に晒されているのは、我が家だけではないのですから。お隣だって、お向かいの家だって、みんな同じです。だから自分だけと悲観する必要は無いのです。気持ちを強く持って耐えれば良いのです。気持ちです、気持ち。気持ちさえ強く持ち続ければ、大抵のことは何とか乗り切れます。

思い出しましょう、高気密住宅を選んだのも自分だし、あの時に建築士から「窓だけは広く開放的な物を採用して、陽気の良い季節には窓を開けて、外と繋がりましょう。けして空調設備だけに頼るのではなく、内と外の繋がりも大切に暮らしましょう」と、提案されましたが、「そんな必要はありません、窓は基本無しでお願いします」と、キッパリ決断したのは自分なのですから。

太陽光パネルを載せたいと話した時だって、建築士は「東と南側の家は3階建てなので、日中の約半分は屋根の太陽光パネルに影を落とすため、発電しなくなるので止めた方が良いですよ」と、アドバイスされましたが、それだって「遣ってみなきゃ分かりません!」と、突っぱねたのも自分でしたよね。

あの時のあなたはカッコ良かったです。ご自身が思う通りにした家で、多少の不便があったとしても何の不満があるでしょう。専門家の助言や提案をことごとく退け、何の知識も経験も無いあなたが、「施主」という立場だけで自分の要求通りにした家じゃないですか。不満を言うなんて、万が一にもあってはならないのです。あの時の、カッコ良かった自分を思い出して下さい。

ただし今、あなたが下敷きでパタパタあおぐ姿を、後ろで見ているご家族の白い目は、けして見ないで下さい。あの時、「建築士さんのアドバイスも聞いて、暮らしやすい家にしましょうよ」と、熱望されていたご家族の意見にも、一切耳を傾けなかったのも、間違いなくあなたですから。早く停電が復旧することを、心の中で祈り続けて下さい。ちなみに台風は勢力を増して、真っ直ぐこちらに向かっているそうです。

にほんブログ村 住まいブログ 住宅設計・住宅建築家へ

ブログランキングに参加しています。
宜しければ応援の一押しを、宜しくお願い致します。

コメント(2)

ベティ (2022年7月26日 15:19)

タワー・マンションだとオール電化だろうから、停電になったらどうするんだろうと考えたことありました。また窓があかないだろうから停電になったらクーラーは使えない…
このお話は真夏のシュールな建築怪談話ですよね。それとも本当にこんな話があったとしたら…涼しくなって来ました

天工舎一級建築士事務所 (2022年7月26日 16:28)

「節電や節ガスしないと止まる危険性があります」と、政府が公式に注意喚起を促す国ですから、停電やガスが止まらないとは言えないのが実情でしょうね。その事実を認識した上でなら、そうなった時にも諦めが付くと思いますし、適切な対応も取れるでしょう。でも今国や都が目指す家造りの指針は、停電は絶対に怒らない、ガスも絶対に止まらないと言ったインフラ万能節が前提となっています。でもそれって嘘ですよね。だとしたら家を建てる際に、ちゃんと考えた上で建てましょうね―――というお話です。一部、ノンフィクションですが。

コメントする

< 海で砂が足に付くのが嫌なタイプ  |   一覧へ戻る   |  一番やっちゃダメな対応 >

最近の画像

お問い合わせ

  • お問い合わせフォーム
  • 0465-35-1464

このページのトップへ