Essay 31 設計料の不思議

設計の依頼があったときに、一番悩んでしまうのが「報酬」の話をするとき。ほとんどの場合、この話だけで多くの時間を割かなければならない。 もともと日本には「ソフト」、つまりアイデアやデザインと言った「知的所有物」に報酬を払う習慣がなかった。 家を建てるときも一昔前だと、どこの町内にも気っ風の良い棟了がいて


「今度、うちの建て替え頼むよ、棟了」
「へぃ!ようがす旦那」


てな具合に家が建てられていた。 そこには設計という仕事も、設計料を支払うというシステムも存在しなかった。 つまりは土壌が無かったのだ!土壌が。 だから、設計報酬の話をすると大抵の人が「えぇー」と言う顔をする。はっきり言うと「そんなに払うの~」という顔である。と、言う事は中村さんの奥さんは、典型的な日本人として尊重しなければいけないのだろうか・・・?


「ですから、どうして設計料がそんなに必要なんですか?ハウスメーカーあたりだと土地の絵を持って行けば、30分も待たずに図面が出来上がりますのよ。パソコンで書いてある図面が、しかもただで。」(ううっ、新聞に入っている、不動産広告の間取り図みたいな奴と、一緒にされちゃう訳?この人には、どう話しても解ってもらえないかもしれない・・・)


「あのですねぇ、ハウス・メーカーは建物を売っている会社なんですよ。一軒2000万も3000万もする家をね。その値段の中には住宅展示場の維持費や、新聞TVの広告費、社員の給料や設計料も含まれているんです。それが、明細上は書かれていないだけなんです。しかし私のように・・・・・」


実は、この話しは簡単に話せるような事で無いことは、こちらも良く承知している。納得してもらうのも、納得するのも非常に難しい話で、いつも頭を抱えてしまう。
建設省で、この算定根拠を提示しているのだか、その算定方法も2種類あるから、ややこしくなる。


一つは、建物の工事金額の何%と言う考え方。もう一つは建物用途や規模により経費や報酬を、一定の目安として算出するものである。でも、どちらにも問題点がある。


例えば前者の場合、30坪の住宅を2000万円の予算で建てたいとすると、設計料はおよそ工事費の一割という目安で200万円としよう。 ところが、同じ30坪の住宅を1500万円の予算で設計して欲しいと言われた場合、設計報酬は、その一割の150万円となってしまう。

安くて、良いものを作るという難問を抱えながら、報酬は下がってしまう。これではあんまりだ。

後者の場合も、建物は一品生産品であるから、予算と用途が同じ程度ならば仕事の量も同じかと言えば、それは絶対違う。(第一この算定方法だと、すご~く高くなるなるんです。実際に、この算定で報酬を貰っているは丹下健三さんと、黒川紀章さんぐらいだけだろう。)


私の場合、設計監理報酬の算定は前者の%を目安にしている。勿論、詳細な見積もりもするし、金額の相談にも応じる。

例えば、住宅だと工事金額の8%から10%程度の幅で考えて頂く。建物の規模が大きくなれば、その%は低くなる。この幅はお客さんとの話し合いによるし、反対に設計報酬を値切られれば仕事の内容も、何所かで調節せざるを得ない。その目安は私の場合7%だが、それ以下の場合は辛くなる。もっとも、今までで一番安く受けた仕事は工事費の3%だった。あのときゃ~泣けた・・・(笑)


報酬額を高い、安いと言う人は「設計」の仕事を知らない人が以外と多い。


3,40坪程度の木造の住宅でも、まず法的な現地調査から始まって、その家の家具の調査。必要な家具、棄てる家具の確認や大きさのチェック。それから、家族の要望や趣味・一日の行動パターンを伺うのは、最低の事前調査。(これをせずに、どうして人の家なんか考えられますか?)


その次に、隣近所や景色・風・風景などを調べた上で、ようやくプランに取りかかる。プランを練り上げた後は、週に一度か、2週間に一度程度の打ち合わせ。その間に実施設計図を書き、認可を取る。この期間でおよそ3ヶ月。今までで一番長かったのは1年半と言うのもある。


図面が完成すれば、適切だと思われる建設会社数社に見積もりを依頼し、そのチェックや選定。果ては金額の調整。


工事期間の確認をして、ようやく地鎮祭。この間、早くても1ヶ月。長ければ2ヶ月は掛かる。そして工事へ。ここでまた、週に一度、あるいは2週間に一度程度は現場を見に行く。その他、要所要所の重要な工事の場合も確認しに行く。


一方、お客さんとは内装の打ち合わせ。こちらが、ある程度のイメージを持って2,3パターンの内装プランをプレゼンする。こだわりが有る時は、ドアのノブから家具や食器まで選ぶ事も有る。場合によれば、一緒にショールームだって行く。勿論、カーテンから照明器具、果ては庭に植える樹木の選定まで。


いくつかの検査を完了させ、問題個所の無いのをチェックした上で来年の1年点検の予定や、長期保全計画書まで作った上での引渡し。工事期間、ざっと半年。始めてお会いした時から、すでに1年近く経ったことになる。


簡単に書いても、ざっとこれだけの作業を行うのが「設計・監理業務」なのです。
あなた、知ってましたか?私は、ときどき自分の事を「男芸者」だと思うときがある。設計すると言う作業とは、得てしてそう言う事なんですよ・・・・・。


最終的には施主が建築家に、どれほどの信頼を寄せているかの問題かもしれない。 設計料を半分に値切る人は、建築家をその程度の能力としか見ていないと言うことなのだろう。

ただ、そうは言っても仕事を請けざるを得ない状況の時もある。 だけど、少ない報酬で、我慢をしながら仕事をしていると、つい手を抜きたくなってしまうのも人情。(そりゃあ、そうでしょう~明日も良い仕事をするためには、今日のご飯を食べなきゃならないのだから・・・)


誤解の無いように言っておきますが、「手を抜く」と言うのは、欠陥住宅を作ると言う意味ではないですからね!図面の枚数を減らしたり、なるべく1枚の図面の中に書いてしまったりと、経費を削ると言う意味です。3%で仕事を依頼されたときには、打ち合わせは全部、こちらの事務所にご足労頂きましたよ。つまり、そう言う事。


そこら辺の事は、施主と建築家が仕事を始める前にきちんと、相互理解をしなければいけない重要な問題です。ここを省略して仕事を始めると、トラブルの元となる。


出来れば、お金の事なんかで揉めたくないし、今までに一度だって揉めた事も無い。(我慢強いから)
施主も建築家も、そして施工者だって、その家を良い形で作り上げようと、一緒に努力している仲間なのですからね。


3人4脚で頑張って、工事が終わった後でみんな笑顔でいられたら、その家造りは成功だったと思っている。これ本音です。


「中村さん、コーヒーの熱いのでも飲んで、少し休憩しませんか?お話・・・長くなりそうですから・・・・・」

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