essay 41 探偵の事件簿2

鏡は縦にひび割れて 2


H氏との、打ち合わせの日々は続いていた。設計作業は順調に進み、H氏の意向を充分に取り入れた、面白いプランに仕上がっていた。

設計の作業中にも、何度か現地に行くことがあったが、私はあれ以来、建物の中には入らなかった。廻りの景色や、風、近くの建物の影などを見る為だったので、その必要も無かったし、どうせ壊す建物。あまり気にする事も無いと思っていたからだ。

もっとも、建物を壊すにも届け出が必要だ。建物の面積と、敷地のどの位置に建っているのか、建物の評価額等を記入して提出する。それに必要な資料だけは、既に調べていたせいもある。

それに・・・相変わらず建物は、嫌な感じを私に与えた。実は、一度だけ入ろうと思ったことが有る。あの神棚と水鏡が気になったからだ。ところが、鍵を開けて入ろうとした瞬間、首の左側に何かが刺さったような痛みが走ったのだ。

以前、寝ている時に、首をムカデに刺された事が有る。まるで、同じような痛みだった。近くに止めた車に戻り、ミラーで見たが・・・なんともなっていない。だが痛い。
私は建物に入るのを止め、そのまま事務所に戻ったのだ。

何度か現場に通ううちに、例の犬を散歩させている老人と、挨拶を交わす程度にはなっていた。近所に住んでいる、静かな老人だった。

こう言う近所の人とは、仲良くしておくに越した事は無い。これから数ヶ月間、工事で迷惑をかけるのだ。車が邪魔な時もあるだろう。音がうるさい時も有るだろう。工事人は、現場が終わったら居なくなるけど、ここに住む人はそうはいかない。その住み手に、嫌な思いはさせられない。そんな所にも、気を使っているのだ。まぁ、当たり前の事だけどね。


設計も終わり、確認も認可されていた。工事も地元の建設会社に決まった。何もかも上手くいっていた・・・・・と、信じていた。

解体の前に、工事を監督するUさんと建物の調査に行く事にした。久しぶりに建物に入る。中は相変わらず、きれいなままだ。雨戸を開けると、例の神棚も水鏡も、あの時のまま有る。

Uさんは「神棚とお札」を見て、気味悪がっていた。
「このまま解体して良いですか?」と心配するUさんに、私もなんとなく心配になってきた。相談した結果、水鏡と神棚、それにお札は、近くの神社に納めることにしようと決まった。

普通、住宅の場合「お払い」と呼べるようなものは2度行うことが多い。一度は「地鎮祭」。これは大地の神に「これからここに建物を建てますよ。どうか事故の無いように、建物の神と宜しくお願いしますね」と言った、神様への安全祈願とご挨拶が趣旨である。

もう一つは「上棟式」。こちらは工事も一区切りついて、ここまでの作業の労を労う意味と、今後の作業も宜しくお願いしますねと言う、どちらかと言えば、職人と隣近所の「人間」に対する挨拶なのだ。

だが、建物を解体する時に、お払いはしない。だけど工事をする人には、お払いなどに気を使う人が多い。この場合のUさんの心情も、そんなところだったのだろう。

背の高い私は、水鏡とお札を剥がす事になった。(だから、背が高いって嫌い)
Uさんの車に積んでいた脚立を使い神棚を覗きこむと、一枚の写真が載っているのを見つけた。

セピア色に変色した写真は、母親らしき人を真ん中に右手に女の子、左手に誰かが、写っている。誰かは、判らない・・・なぜなら左側の人物の首から上の部分が破れて、無かったからだ。

私は、Uさんがいなければ、逃げ出していたかも知れないほど驚いた。私から写真を受け取ったUさんも、無言で写真を見つめていた。二人とも、言葉を無くした。お互いに、何かを感じていたのかもしれない。写真を置き、黙々と神棚を取り外す作業を続けた。

作業を終えた二人は、庭に出て一服する事にした。Uさんは、冷たい物を買いに行った。一人残った私は、写真を見つめながら考えていた。

写真があるのは判る。きっと、大切な写真だったのだろう。それを神棚に乗せる事も有るかもしれない。だけど、それほど大切な写真ならば、どうして引越しの時、忘れてしまったのだろう

それに・・・・・、なぜ首の部分が、ちぎれた写真を神棚に飾っていたのだろう・・・。私の稚拙な思考力では、筋の通る解答を見つけ出せるはずも無かった。


Uさんが戻り、二人でジュースを飲みながら、写真の事などを話していた。一瞬の沈黙・・・すると何を思ったのか、突然Uさんは池の中に沈んでいた、軟球に手を伸ばした。いや!私が軟球だと思い込んでいた物に、手を伸ばしたのだ。後で聞いたのだが、Uさんはほとんど無意識に、それに手を伸ばしたらしい。ただ、それが気になって仕方が無かったと言っていた。

池の中から、拾い上げたそれは、軟球ではなかった。確かに形や大きさは、ボールとそっくりなのだが手に持つと、明らかにもっと硬いもので出来ていた。どうやら、石のようだ。

石で出来ているボールほどの大きさの丸い物・・・・・ボールには2つの窪みと、ほんの小さな出っ張りがある。それが何なのかに思い至るのは、二人ほぼ同時だった。

「お地蔵さんの・・・・・首か?」

二人は何か・・・触れてはいけない物に、触れてしまったような気がした。

                                                        


※「探偵の事件簿 鏡は縦にひび割れて」は予想以上に長くなってしまいました。
そこで何回かに分けてUPさせて頂く事にしました。
次回、最終話の驚くべき真実をお待ち下さい。                            

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