essay 105 探偵の事件簿5 帽子収集狂事件

なんだこれは・・・。壁に浮かび上がった染み、それはまるで人の形に見える。壁の中に塗りこまれた死体の後なのか。私は主人を押しのけ壁に飛びつくように壊し始めた。慌てて静止する主人の腕を振り切り、私は壁を壊し続けた。それは正体が見たかったからじゃない。ただ・・・ただ恐怖から逃れたかっただけなのだ。



「ねぇねえ~お願いしますよ~。一緒に来てくださいよ~」
さっきから俺の横でハリーが、しつこく話しているが俺はコルトの手入れに余念が無かった。大体、コイツの話に乗ると碌な事が無い。「仏のやっさん」と呼ばれた俺でも(随分田舎臭いアダ名)、そう何度も同じ間違いを繰り返すものか。

「今度は絶対大丈夫!チャンと前金で報酬を払うって言ってますから!ねっ!お願いしますよ~」
なに~?前金だと?俺を金で釣ろうって言うのか、お笑いだ。
「今度の現場は凄いんですよ~。名付けて“帽子収集狂事件”」えっ!あのカーの有名な“帽子収集狂事件”なのか?俺の触手が動いた。
「仕方ない・・・話だけは聞いてやる。ただし、引き受けるかどうかは話を聞いてからだ」

ハリーの話に拠れば、現場は新築されたばかりの木造住宅の一室。家人は大の帽子好きで、北側の個室を帽子コレクションルームにしているとの事。ある日、壁一面に飾られていた帽子の一つを手に取ったところ、帽子はなぜかぐっしょりと濡れていた。驚いた主人が他の帽子も調べてみると、北側の壁に飾られた帽子は、ほとんど全てが同じ状態。

おまけに壁には不気味な「大の字型」の染みが浮き上がっていた。慌てた家人は知り合いから俺の事を聞き、連絡してきたと言うことらしい・・・。えっ?なんでハリーが話しているのかって?たまたま奴が留守番をしている時に電話を受けただけの事。

俺は事件の概要を聞いて興味を失った。「俺の黄金色の脳細胞」は話の途中で、全てを見抜いてしまったからだ。大体、何が名付けて“帽子収集狂事件”だ!何にも関係ないじゃんか!人の足元、見やがって・・・。この前だって名付けて“曲がった丁番事件”だって言うから行ってみたら、ホントに丁番が曲がってただけで、俺の出番なんか何処にも無かったじゃないか?一回、コルトで目に物見せてやろうか?

俺はハリーに言った。
「知り合いの工務店を紹介してやるから見てもらえ。多分、壁の中の断熱材に問題があるんだろう」
ハリーは渋々承知し帰って行った。

断熱材に使われるグラスウールは、水に濡れたら終わりだ。万が一、濡れたままのグラスウールを壁に入れ、塞いでしまおうものなら、そこはアッと言う間に水浸しになる。断熱効果どころか、返って建物を傷める。おおかた、雨の日にでもグラスウールの工事をしたんだろう・・・・・愚かな。いや待てよ・・・・・俺は受話器を取った。



「現場は何処ですか?」私は主人に案内され問題の部屋に入った。こっ!これは・・・。私は息を飲んだ。まさに大人が“大の字”に手を広げたような染みが浮き上がっている。掌がジットリと汗で滲むんでいる。

染みには薄っすらとカビのような物も生え、不気味この上ない。一人で来たのは失敗だったか・・・。私は後悔しているのを気取られないように主人に聞いた。
「一体、何時からこんな状態なんです」
「それが、よく判らないんです。多分、最近の事じゃないかと思いますが・・・」

えぇい、ハッキリしない奴だ。確か、この建物は築半年だったから調度暮れ頃からか・・・。私は壁を入念に調べ主人に言った。

「解りましたよ、原因が」
「ほ、ホントにですか?壁の中も見て無いのにですか?あ、あなたは一体?」
「江戸川コナン・・・探偵さ!」(絶対 言ってない無いと思うけど?)

「原因は壁の中に入れられた断熱材のせいでしょう。グラスウールと言う断熱材が、工事中に雨で濡れたりすると返って建物を傷めてしまうのですよ。この染みも多分、濡れたグラスウールから染み出した物だと思います」

驚いた主人は言葉を失ったようだ。そりゃあ~そうだろう。壁を壊すことなく原因を突き止めたのだから驚くのも無理は無い。呆然としていた主人が、恐る恐る言った。

「うちは外断熱工法で、木軸の間にグラスウールは入ってないんですが・・・」
なにー!そ、そんなバカな!この私がミスを犯すなんて・・・・・。私は何がなんだか解らなかった。どうなっているんだ、これは・・・。

私は主人を押しのけ壁に飛びつくように壊し始めた。慌てて静止する主人の腕を振り切り、私は壁を壊し続けた。それは正体が見たかったからじゃない。ただ・・・ただ恐怖から逃れたかっただけなのだ。

「ピンポ~ン」
来訪者を継げる玄関のチャイムが鳴った。


 

「ハリー、お前一人で事件を解決するのは、まだ早いぜ」
やっぱり俺の思った通りだ。ハリーは一人で現場に乗り込んでいた。俺が来るのがもう少し遅ければ、危うく命を落とすとこだった。泣きそうな顔で俺を見ているハリーは、ボロボロの状態だった。

「なるほど・・・どちらにしても壁のボードは剥がしてしまいましょう」

現場の様子を聞いた俺は、壁を壊してしまう事を家人に提案した。どっちみち、もうボロボロだったけど。家人と3人で、壁紙と下地の石膏ボードを剥がすと木軸の向こうにオレンジ色をした「発砲スチレンの断熱ボード」が見えた。その表面には、染みが上の方から続いている。どうやら原因は上か・・・。

運良くその部分は平屋だった。2階から屋根の上に降りると、原因は一目瞭然だった。外壁と屋根の取り合いの部分に施された水除けの金物が、接続部分で大きく口を開いていたのだ。なんてこった・・・素人のような工事だ。

この修理は大掛かりな作業になる。外壁を剥がし濡れた部分全てを交換しなければならない。俺は家人にその旨を話し、工務店に連絡した。俺の役目は終わった。

「もう二度と勝手な真似はするなよ」
しょげ返っているハリーには、それ以上強く言う必要も無いだろう。バカな奴だ・・・・・。この仕事を甘く見ると、いつか命を落とす事になる。今度の事でハリーも身に染みただろう。

都会のコンクリート・ジャングルに生きる一匹狼。相棒は死んだ友が残したコルト・ガバメントだけ。
あっ!報酬貰うの忘れた(>.<)


あとがき

今回は事件の内容よりも、文章で遊んでみました。私とハリーの違いに気が付いていた貴方!
素晴らしい~~~!ひょっとしてミステリーマニアの方ですか?「俺と私」の一人称の違い
「主人と家人」のニ人称の違い。これに気がつけば、直ぐにバレちゃいますけどね。 ではまた!

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