Essay 177 狭さの向こうにあるもの

「もしもし、○×TVの製作会社の者ですが、TVで使えそうな狭小住宅はありませんか?」なんてお問い合わせを頂くことがある。性格的に物臭なので、直ぐにホイホイと飛びつく事は無いのだが、それでも一応「狭小住宅って、どんな内容の建物をお探しですか?」なんて感じで訊ねてみる。


すると、「そうですねぇ・・・1階が10坪ぐらいの建物だったら良いんですが」なんて感じの、一見とても分かりやすそうだが、実はとても抽象的な応えが返って来る。つまり「狭小の定義」が不明確なまま問い合わせて来るから、こちらも何をどう答えて良いのかが分からなくなってしまうと言う事。


例えば1階が10坪の家が有ったとする。ところがこの家、そのままの広さで5階建てだったら、全体で50坪の家ってことになる。それって決して狭くはない。勿論、そこに住む家族の人数にもよるが、それにしても「狭小」って程でもない。確かに1フロアの面積は小さいかもしれないが、家全体の面積は決して狭くないって意味でね。


つまり一口に「狭小」と言っても、1フロアの面積が狭い建物を指すのか、その家の全体面積が小さいのかの定義が曖昧だと、全然違う建物が同じキーワードで一括りにされてしまう事になる。そんなのおかしい。


もともと「狭小住宅」と呼ばれる建物には、二通り有ると思っている。
一つは都市生活愛好者に対する救済住宅みたいな物。これは都会に住みたいが、都会の土地は値段が高く、結果的に狭い土地しか購入できない。だからそこに建てる建物も、必然的に建築面積の小さな建物になる。でも容積率に余裕があれば(大抵はある)上下に建物を伸ばし、延床面積の大きな建物にする事だって可能で、実際にそうなっている場合が多い。つまりワンフロアごとは確かに狭い家。


もう一つは土地の面積や地域に影響されるのではなく、人が生活する為の最低限の広さを追求する意味での狭小住宅。だから容積率に余裕があっても、上下に伸ばしたりする事は無い。勿論、両者共に「予算」と言う重要な要素が、その形体を確定させている事は言うまでもない。


これら二つは、ある一面だけを写真で切り取ってみると、とても良く似ているが、本質的には全然別物。メディアが、それらを同じ物として扱っているから、同じように見えるだけの話。


で、電話で話しているこの製作会社の方は、一体どっちの建物を考えているのかなぁ?なんて事を聞いてみると「それはケース・バイ・ケースですねぇ・・・」なんて感じのお返事。思わず「チャンと練り込んだ企画じゃないんじゃないの?」なんて笑ってしまう。


今でも「狭小住宅」とか「変形地に建つ住宅」とうたえば、雑誌が売れたり視聴率が稼げたりするのかもしれないが、それもボチボチ終わりじゃないかと思う。実際のニーズとすれば今後も変わらずに有る普遍のニーズな訳だが、TVとか雑誌を売る為だけのキーワードだとすると、ボチボチ限界なんじゃないのかな?って意味でね。


だって実際の施主(建築主)と話している中で、その御希望に「狭小住宅をお願いします」なんて話は、ただの一度だって言われた事が無い。私が体験していないだけかもしれないが、たぶん違うでしょう。


大抵は「自然素材を最大限に使った家を」とか「木の温もりを感じる家を」なんて感じの御希望であって、「狭小住宅を」とか「出来る限り狭い家を」なんて言う面積的な問題は、結果として着いて来る場合が多いから。


つまり面積的な「狭小」と言うのは、大抵の場合、家を建てたいと考えた時に、資金計画的に「この位の広さの家」とか、土地を捜し求めている段階で、相対的な費用バランスから「土地はこの程度の価格(つまり広さ)で、建物はそこに嵌まる物」と言う具合に、後から着いて来る事が多いのがほとんどだと思う。


ただ今までは「狭くても住める」とか「小さくても快適に住むための工夫が出来る」と言う認識が無かったから、それを見せてくれるメディアや、造ってくれる建築家の存在に「へぇ~、そんなの有りなんだ~」って興味を惹かれたんじゃないかと思う。


だから、そう言う工夫や知恵が可能だと言うことを知れば、今度はもっと深い部分の知識を欲しがるのが普通で、今までと同じように「ただ小さいだけ」とか「ただ狭いだけ」なんて家だと、興味を惹かなくなる。
もっと深い部分、もっと本質を問うような内容じゃないと、「狭小住宅」と言う冠だけでは、もうダメなのかも知れないと思う。


少なくてもこれからは、「狭い」と言う向こう側にある「広い」、この本質に触れられると良いと思うし、見る側も、その部分を感じられると良いと思う。

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