『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー著/読了

ミステリーの女王アガサ・クリスティーが書いた恋愛小説です。マザーグースの童謡も、灰色のあの方も、毛糸を編む、あのご婦人も登場しません。ほぼ一人のご婦人が語る、あるいは振り返る半生を描いています。いや結婚してからの人生のお話ですね。ですが本作の評価は圧倒的に高い。いや、ビックリするぐらい高い評価を得ている作品です。念のためにもう一度言いますが誰も死にません。「クリスティーが書いた本だからミステリに違いない」と、思って読むことは間違い。それでも殺人事件とは違った意味で怖い、そして辛いです。

優しくて優秀な弁護士の夫、良き子供たちも今は巣立ち、それぞれに家庭を持ち幸せに暮らしていた。彼女は理想の妻であり母になれたことに誇りを持ち、人生に一点の迷いも無く生きていた。そんな彼女は娘の病気を見舞い、バクダードからイギリスへと戻る途中、学生時代の友人と偶然再会する。ほんの一瞬の再開だったが、友人の些細な言葉が心に棘のように刺さったまま、気にすることも無く友人と別れた。だが彼女の乗った列車が砂漠の真ん中で立ち往生することになり、一人ぼっちの彼女は、思いがけず自分の人生を振り返る時間を持つことになる。そこで思い出す友人の言葉に、夫婦の愛情や親子の関係が本当に自分の信じたものだったのかに疑問が生じていく——

これ、誰の立場で読むかによって、全然見方が違ってしまいます。私は男なので御主人の立場に立って読んだのですが、そうするとそれはそれで御主人も哀しいし、キツイ言い方をすれば嫌な男に感じてしまいます。そして主人公の立場で読むと、なんとも人生の儚さと辛さを感じてしまいます。

 

深くて哀しくて怖い一冊でした。クリスティ、やっぱり凄いです。

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