詩人・茨木のり子が1999年に出版した詩集です。15の作品が掲載されていますが、かなりの作品が琴線に触れました。やはりこの方の感性というか、物への見方、触れ方、そしてその表現が好きなようです。もっと前に知りたかったとも思うのですが、もっと前なら響かなかったのかもしれないとも思います。
例えば思春期真っただ中の16歳の頃、クリスティの『スタイルズ荘の怪事件』や、星新一の『ショート・ショート』を読んでいたあの頃では、たぶん何も響かなかったかもしれません。
20歳の頃、西村京太郎の『消えた巨人軍』をはじめとした『消えたシリーズ』を読んでいたあの頃でも、やはり分からなかったことでしょう。
30歳、40歳、50歳と歳を重ねた今だからこそ、少しだけ理解出来たり、その情景を思い浮かべることが出来るのだと思います。出会うべき時期に、出会うべき作品だったのでしょうね。
それに詩集を含めたどんな作品でも同じだと思うのですが、その歳、そのタイミングで読んでも響かなかった作品が、数年後、数十年後に読んで、思わずハッとさせられることもあります。そう考えると読書というのは、作品を読むことと同時に、自分自身の理解力や思考、心の弾力を含めた時間を読んでいるのかもしれないと思います。
「木は旅が好き」「疎開児童も」「お休みどころ」、そして表題作の「倚りかからず」。どれも、その感想だけで原稿用紙5~6枚は書けそうです。
「木は旅が好き」では、木の実が風や鳥、虫に運ばれて思いもよらない場所で芽吹くことを、それを繰り返す様を「旅」と捉えている感性。
「お休みどころ」では、街から束の間腰を下ろして休むことの出来る場所やベンチが消え、人は通り過ぎることだけが目的となってしまった。人の気配が漂う「お休みどころ」を遣りたいと思う少女の心情。
そして「倚りかからず」では、齢を重ねた時に思想や宗教、学問や権威に倚り掛かることなく、自分の耳目を信じ、自分の二本の足で立つことでいいのだと、まるで何かに宣言をするかのような想いに深く共感します。
もっともっと書けるのですが、長くなるのでこの辺で。
小学校時代、読書感想文にあんなに苦労したことが嘘のようです(笑)

安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。