『ルビンの壺が割れた』宿野かほる 著

28年前、結婚式の当日に失踪した恋人らしき人物を、Facebookで見つけた一馬は、恐る恐るメッセージを送ったが、返信は来なかった。一年後に二通目のメッセージを送り、さらに一年後に三度目のメッセージを送った。するとようやく返信が来たのだった。それは紛れもなく、あの時に消えた恋人・未帆子からのものだった。

二人は何度かメッセージを遣り取りし、大学時代の演劇部当時の話などをするのだが、次第に互いが秘密にしていたことに触れ、やがて結婚式から逃げ出した真相に迫っていくことになる――。

この本を、どんなジャンルとして紹介するのかは、少し悩ましいところです。巻末の「担当編集者による付記」の中では、ミステリではないと書かれているぐらいですから。

ただ、ミステリを「謎が提示され、その謎を論理的あるいは客観的に解き明かしていく物語」と考え、その解明方法が超常現象や心霊現象ではないのなら、ミステリと呼んでも良いと思っている私には、本作はまさしくミステリそのものでした。いや、最後の一行には、むしろホラーに近い感覚で震えました。

物語は、ほぼ全編が二人のメッセージの遣り取りという形式で書かれているので、とても読みやすい作品です。読むことが早い人なら、あっという間に読み終えてしまうかもしれません。

ちなみに「ルビンの壺」とは、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した図案のことで、見方によっては二人の人物が向き合っているようにも見え、また一つの壺のようにも見える図案です。

物の見方とは、立場や時間、視点や感情によって、同じ物でも違うものとして捉えてしまうことがあります。まして、人の気持ちなんて目に見えるものではありません。

私たちは、目の前に見えている現象や行動、言葉などから相手の気持ちを判断しがちですが、それさえも本意とは違うことがあります。それは本当に厄介なものです。

私自身、過去には本意ではない言葉を口にして、相手を傷付けたこともあります。考えていることとは違う提案をして、相手を迷わせてしまったこともあります。後になって後悔しても、その時は、その考え方や見方が正しいと思っていたのですから、仕方のないことなのかもしれません。

本作には、人の過去には、見せられないことや話せないことがたくさんあること。そして、それを大切な人に対してどう話すのか、あるいは話さないのか。

そんなことを考えさせられました。

ただ、本当に最後の一文は怖かった。

そんな作品でした。

 


安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。