「あのときかもしれない」は、一から九までの章で描かれています。一人の男性が、子供から大人へと変わったのは、いったいいつだったのかを問いかける詩です。
一章ごとに深く納得させられるところがあり、それは自分自身にも当てはまることが多く、読み終えたとき、問いかけられていた「男性」とは、読み手である私自身だったのではないかと思わされます。
自分が子供から大人になったのは、いったいいつだったのだろう。

また「散歩」では、大人が忘れてしまった、歩くことの楽しさについて語られています。そう言えば子供の頃、学校からの帰り道で、影だけを踏んで家に帰ったことがありました。道路に描かれた白線の上だけを歩き、そこから外れると谷底に落ちるという設定を自分に課して、一人で歩くことを楽しんだこともあります。
ただ歩くだけではなく、それをゲームのように楽しんだり、景色を感じたり、近所の家や人を観察しながら歩いていました。
また誰かと歩調を合わせながら、どうかこの時間が長く続きますようにと、ゆっくり歩いたこともありました。
あの頃は、歩くことそのものが楽しかったのだと思います。
今、歩くのは健康のためにただ歩くだけか、飲んだ帰りにタクシーが捕まらず、トボトボと歩くだけだったりします。そうか、歩くって楽しいことだったんだ。
大人になると、一人で遊ぶことが下手になるのだと思い出させてくれました。
とても良い、大人の童謡のような一冊でした。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。