Essay 146 「随契」って知ってる?

それぞれの業界に、それぞれの専門用語と言うのが有りますよね?それは、その業界独自の仕事を円滑に行うための言葉だったり、あるいは人に聞かせたくない内容のときに使う、秘密の言葉だったりします。建築の業界も独自の専門用語を多く使っている業界です。例えば動物の名前を使った「馬・猫・たこ」などは有名ですが、他にも「殺す・埋める」などのように、あまり関係ない場所では使えないような言葉もあります。


そんな解りにくい言葉の中に「随契」と言うのが有りますが、聞いたことが有りますか?私が持っている2冊の国語辞典には載っていなかった言葉なんですが、今回は、この「随契」に関する話。


先日、高知県の某市で「特別養護老人ホーム」の設計を依頼するために、設計事務所7社を集めての入札が行われました。依頼する業務内容は建物の基本計画を作成する事。
具体的な成果品として、配置図/平面図/立面図/断面図/計画概要説明書/工事費内訳表を作成し、提出すると言うものでした。


何しろ建物が建物ですから、基本計画はとっても重要です。その一番重要と言っても過言ではない業務の依頼を「貴方の事務所はいくらでやって貰えますか?」と言う内容の入札だったのです。


この入札を落札した設計事務所の額が、なんと「1円」。思わず「またかよ~」と目を覆いたくなるような金額でした。ちなみに一番高い入札金額は150万円。1円で出来る仕事かどうかは、子供が考えたって解る事なのですが、その事務所は恥ずかしげも無く「1円」と書いて入札したそうです。そして、それを受けた市も「問題は無い」と、その設計事務所と契約をしたと言うこと。一体、消費税はどうしたんだろう・・・などと余計な事は置いといて(^^;)


なんで、こんな事が起こるのでしょう?
依頼された業務は「特別養護老人ホーム」の基本設計の部分だけ。つまり、その後に実施設計の業務が依頼されることが解っているからなんです。これを建設業界では「随契契約」と呼びます。つまり「基本設計をやったんだから、その後の作業も任せてね」って事。よしんば、その後の実施設計・監理業務が入札の形を取っての依頼だとしても、ここで談合が発生する事になってるんです。「基本は、うちがやったんだから実施もうちがやるのが当然だ!だから他所の事務所は黙って降りてくれ」って事になるんです。なんだか馬鹿ばっかりって気が、しなくも無いのですが・・・。


低迷する日本経済、何処の会社、何処の企業も仕事が欲しいのは重々解ります。でも、だからと言って公然とインチキをやって、それを行政が黙認して恥ずかしくないのでしょうか?私が考える問題点は4つです。


■問題1
設計者が建物を考えると言う創作作業を、その内容で問わず、金額で問う「入札」と言う決め方が、本当に良い建物を造る事に繋がっているのでしょうか?


■問題2
設計行為における発想の部分、「基本計画」と言う作業を「何の価値も無い」と、設計者自身が言い切るような入札金額に、設計者としての恥は無いのでしょうか?


■問題3
インチキが周知の事実であるにも係わらず、旧態依然として「問題は無い」と言い切る行政の対応は、「街を作る」と言う基本的理念を忘れた行為だとは感じないのでしょう?


■問題4
そんな程度の考えから生み出されていく「特別養護老人ホーム」。その建物に「愛」は、「優しさ」は盛り込まれているのでしょうか?そして、そこに入所するお年より達は、快適に過ごすことが出来るのでしょうか?


この事は個人住宅にも通ずる所が有ると思います。個人住宅の場合、入札して設計者を決めるような事こそ有りませんが、住宅展示場に行って、アチコチの住宅メーカーから「計画図面」を書いて貰うようなことは有りませんか?で、その中からどれにしようかな~って悩んだ結果、「ここの住宅メーカーに決めた!」程度の話で家造りを進めていく事って有りがちですよね?

住宅メーカーで、住み手の事など何も知らないのに「このプランしか有りません」と計画図を書く設計者。設計行為において、基本設計など何の価値も無いと言うが如くの入札金額を提示する設計者。


もし、両者とも「設計者」と呼ぶとすれば、その両者に共通するのはただ一つ。使う人、住む人の事のなど何も考えてないんじゃない?と、感じさせると言う事です。自分のやっている仕事に誇りや夢が無くて、何が創作行為でしょう?


どこぞの総理大臣が「聖域なき行政改革」とか言ってますが、一体何処を見ての話なのでしょうねぇ・・・・・ヤダヤダ。