茨木のり子が見た根府川の海は、いまも駅舎で旅人を迎えているのだろうか――。
そう思ったのは、もう何十年も前のことです。
まだ青年時代とも呼べない頃、戯れに降り立った根府川駅。
待合室でふと見上げると、そこには茨木のり子の詩『根府川の海』が額に入れて飾られていました。
戦後、学徒動員で東京を離れる途中に見た相模湾の静けさと美しさ。
兵士に抱く恋心を語る友との思い出。
それから長い歳月を経た今、根府川の海はまだ自分のことを覚えていてくれるだろうか――。
当時の私には詩を正しく理解する力などありませんでしたが、その情景は不思議なほど心に残りました。
たぶん私の心情に似た詩だと感じたからかもしれません。
ふとそのことを思い出し、久しぶりに茨木のり子の詩を読みたくなって手に取ったのが『自分の感受性くらい』です。

1977年刊行の詩集をもとに、2005年に新装版として刊行された一冊です。
なんでしょう。年齢のせいなのか、経験の積み重ねなのか。
若い頃には気づかなかった言葉が、今はごく自然に胸に入ってきます。
作品の一つひとつが重く、ときには柔らかく、人や場所、景色の記憶を呼び起こします。
詩を読むというより、自分自身の記憶をたどっているような感覚です。
表題作『自分の感受性くらい』の最後は、あまりにも有名な一節で締めくくられます。
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
思わず苦笑してしまうほど、その通りです。
読んで良かった一冊でした。
そしておそらく、この先も折に触れて本棚から取り出し、読み返すことになるのでしょう。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。