『爬虫類館の殺人』カーター・ディクスン著

ミステリ小説には「密室物」と呼ばれるジャンルがあります。他者が出入りできない部屋や空間で事件が起こる、一見すると不可能犯罪を描く作品のことを指します。密室にもさまざまな種類があり、機械的な仕掛け、錯覚、時間差、遠隔操作など、多彩なトリックによって「密室」が生み出されています。

そんな密室物の中でも、私が好きなトリックに「目張りされた密室」があります。

室内から窓や扉の隙間をテープで目張りし、その部屋で人が死んでいる――。どう考えても、室内の人物が自ら目張りをしたとしか思えない状況。そのため最初は自殺と判断されますが、やがて何らかの矛盾が見つかり、「これは他殺ではないか」と物語が大きく転じていきます。

この『爬虫類館の殺人』も、そんな「目張りされた密室」を扱った傑作です。名探偵は、おなじみヘンリ・メリヴェール卿、通称H・M卿。

舞台は1940年、第二次世界大戦下のロンドン。ドイツ軍の爆撃が激しさを増す中、猛毒を持つ爬虫類などを飼育・展示する爬虫類館では、動物たちを殺処分するか、安全な場所へ避難させるかという苦渋の決断を迫られていました。

そんな折、爬虫類館の館長が自宅の一室でガス自殺を遂げたように見える状態で発見されます。室内の窓や扉は糊付けしたテープで目張りされ、まさに完全な「室内から目張りされた密室の状態」で、誰もが自殺と考えます。しかし、館長が大切にしていた大蛇まで一緒に死んでいたことにH・M卿は違和感を覚え、事件の真相へと挑んでいきます。

本作は1944年に発表された作品です。そのため、現代の読者には「本当にそんなことが可能なのか」と感じる場面もあるかもしれません。しかし、戦時中という時代背景を知ると、その伏線には十分な説得力があり、非常によく練られた構成だと感心させられます。

そして皮肉なことに、このトリックは1944年よりも、むしろ2026年の現在のほうが成立する可能性は高いのではないか?と、そんなことまで考えさせられた作品でした。

ちなみに私、少しだけコミカルな点の多いカーター・ディクスン名義よりも、暗く陰鬱でおどろおどろした作品の多いジョン・ディクスン・カー名義の作品のほうが好みです。

巻末に大山誠一郎氏が書かれた「密封された密室」と題したあとがきも、とても面白かったです。


安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。