①「天井の手形」
【ある女性からの相談】
それまで気が付かなかったんです。
でも、ある日、小豆ぐらいの大きさの染みが、天井にあることに気が付きました。
最初は、虫かと思ったんです。
でも動かないし、色も薄かったので、何かの汚れだろうと思い、あまり気にしていませんでした。
ところが、それからしばらくすると、あの時に見た染みが少し濃くなっていて、ほかにも何か所か染みがあることに気付きました。
その染みをよく見ると、小さな手形のようにも見えるんです。
そう思うとなんだか気味が悪くて……、逆に、そこばかり見るようになってしまいました。
すると、最初は一つだった染みが、もう一つ現れて、両手のようにも見えるんです。
もう気味が悪くなって、それからその部屋で寝るのは止めることにしました。
いえ、家の中に、これといった異常はありません。
別に霊的な現象が起きたわけでもないし、変な音が聞こえたこともありません。
ただ、天井に子供の手形のようなものが現れただけです。
あれは、何かの心霊現象なのでしょうか。
お祓いとかが必要だとか、場合に拠っては引っ越したほうが良いですかね……。

【霊媒師の見立て】
霊媒師は、天井の手形を見るなり、こう言いました。
「これは子供の霊じゃな。まだ幼い。何かを訴えておるようじゃ」
そして部屋を見回すと、
「部屋の角に盛り塩を置き、この御札を枕元に貼るがよい。
さすれば、手形もすぐに消えるじゃろう」そう言って、懐から一枚の御札を取り出しました。
【建築士の見立て】
なんでしょうね……あれは。
確かに、子供の手形のように見えますね。
この部屋の天井は、ラワン合板が貼られただけの仕上げになっています。
ニスなどの塗装も、施されていませんね。
いわゆるデザイナーズ・マンションというもので、外観だけでなく内装にも強いこだわりがありますね。
普通なら、部屋の天井にはビニールクロスなどを貼っていることが多いのですが、この部屋ではラワン合板を目透かしで貼り、そのスリット部分に細いLEDライトを埋め込んでいます。なかなか洒落たデザインですね。
ただ、こうした合板をそのまま仕上げに使う場合、少し気になることがあります。
木材は、人の手で触った部分だけ、時間が経ってから色が変わることがあります。
手の脂や汗などが木材に染み込んでいると、最初はほとんど分からなくても、時間が経つにつれて、その部分だけが濃く浮き出てくることがあるんです。
だから、これは誰かが工事中に触った時の痕じゃないかと思います。それが時間の経過とともに、浮かび上がってきたんでしょう。
合板を仕上げに使った場合には、ときどきあることで、けして珍しい現象ではありません。
気になるのであれば、サンダーなどで表面を軽く削って跡を消し、その上から塗装を施せば、たぶん大丈夫でしょう。
【その後】
後日、建築士の指示通り、天井の表面を研磨して手形を消し、その上から塗装を施しました。するとそれ以来、手形が現れることはありませんでした。
ですから、あれはやはり、ラワン合板に残っていた誰かの手の脂だったのでしょう。
そう考えれば、何も不思議なことはありません。
……ただ、一つだけ気になることがあります。
あの部屋は5階だったんです。工事中に、この部屋に子供が入れる筈がないんです。
だとすると、あの手形はいったい――誰のものだったのでしょうか。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。