発刊前夜

日常的に本を読んでいます。読んでいる本のジャンルとしては、やはりミステリが中心ですが、他のジャンルももちろん読みます。漫画も読みます。人に話すと「そんな漫画読むの?」と驚かれるような漫画も読みます。

明日5月29日に『建築トリック謎解きガイド』という本を、上梓させていただくことになりました。本の企画をご相談いただいてから、3年と8か月の月日をかけて、ようやく一冊の本の形になりました。

自分が読者の立場のときには、その本の背景などを気にすることなく読んでいます。著者自身の伝記でもない限りは、物語ができるまでの背景などを知る必要はありません。純粋に読んでいて面白いか面白くないか――それだけのことです。

しかし自分が本を作る立場になったとき、それはとてつもなく長い時間をかけて作られるものだということを知りました。この本の場合には、企画の段階で少し迷走したことと、1年間の雑誌連載を経たことが時間を要した主な理由ではありますが、それがなかったとしても、何もないところから物を生み出し、形にするということは、やはり大変なことだと実感します。それは家を造ることと同じですね。

それから本の読み方が、少し前から変わりました。昔は一度読み始めたら、途中で面白くないと感じても、とにかく最後まで読まないと分からないからと、我慢してでも読み切らなければならないと考えていました。

ですが最近は、途中で「もう無理」と思うときには、無理に読み続けることをやめるようになりました。一度本を閉じ、本棚に戻して別の本を読む。何日か、あるいは何か月かして、またその本を開いてみる。場合によってはもう一度最初から読み直すこともあれば、うっすらとした記憶をたどりながら、続きの頁から読むこともあります。

そして読み終えたとき、意外と面白かったと感じることもあれば、途中で感じた通り、やはり面白くなかったと思うこともあります。ただ、圧倒的に後者のほうが多いことも、この歳になるとなんとなく分かってきます。

私が本を読み始めたのは、たぶん7〜8歳の頃だったと思います。はっきりと目覚めたのは10歳の頃でした。当時、学校の図書室で本を借りるときには、本の裏に貸出カードというものが付いていて、それに借りた人の名前と日付を記入して借りるという仕組みでした。

私が目覚めたのは、その貸出カードがすべて真っ白で、誰一人借りていなかったからです。たぶん本を入れ替えたばかりだったのでしょう。だからずらりと揃ったシリーズのすべてが、まだ誰の手にも触れられていなかったのです。

そのことに気付いた、時間を持て余した退屈な子供は、たくさんあるシリーズの本すべての貸出カードの一番上に、自分の名前を書きたいと思ったわけです……なんせ子供ですから。そのシリーズがポプラ文庫の江戸川乱歩「明智小五郎」シリーズであり、モーリス・ルブランの「ルパン」シリーズだったのです。

本を読み始めた動機こそ不純でしたが、すぐに本の面白さを知ることになります。そしてミステリ好きへの道へと入っていきました。それ以来、暇な時間は読書が習慣になりました。

稀に、本を読む人が、読まない人に向かって「本を読めばいい」と言うことがありますが、それは実は簡単なことではないと思っています。なぜなら本を読むという行為は、習慣のようなものだからです。

たとえばご飯を食べるとか、酒を飲むとか、今でいえば朝起きたらまずスマホを見る、といったことも一つの習慣かもしれません。

とにかく長い時間、意識せずに繰り返し行う行為。それをしないと落ち着かない、何かが物足りないと思う行為。本を読むというのは、私にとってはそういうものだと思っています。

そして本を読むことには、それなりの時間を費やす必要があります。しかしその時間は、その人にとっての貴重な時間であり、大切な瞬間でもあります。

もし拙著『建築トリック謎解きガイド』を、そのような貴重な時間の中で読んでいただけるとしたら、それは本当にありがたいことだと思っています。

読後に「面白かった」と感じていただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。手に取ってくださった方の時間が、少しでも有意義なものであることを願うばかりの発刊前夜です。


安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。