謎が提示される。
謎の正体が幽霊や霊魂、怨念や霊障によるものをホラー小説と呼ぶ。
謎の正体が宇宙から来た者や、時空を超越した物、未知の生物によるものをSF小説と呼ぶ。
謎の正体が人の行為によるものだった時、それを人はミステリ小説と呼ぶのでしょう。
そんなミステリ小説を読み始めてから、もう半世紀が過ぎました。
生業として建築に携わり始めてからは、すでに40年以上の月日が流れました。
考えてみると、ミステリとの付き合いは、建築のそれよりも長いことに気が付きます。
5月29日、無事に『建築トリック謎解きガイド』が刊行となりました。
企画のお話をいただいたのは、今から3年8か月前のことになります。
最初にお声掛けいただいた時には、正直に言えば「本当に一冊の本として成立するのだろうか」という戸惑いがありました。
建築とミステリ
一見すると、あまり接点のない組み合わせに見える、私が好きな二つの物。
ですが長年建築に携わり、同時にミステリを読み続けていると、不思議と両者が重なって見える瞬間もありました。
夜中に響く足音
誰もいない部屋から聞こえる音
奇妙に落ち着かない空間
視線を感じる廊下
閉ざされているはずの場所
人の気配を感じる家
ミステリや怪談の中で語られる“不可解な現象”の中には、建築を知っていると全く違う見え方をするものが少なくありません。
音の伝わり方
湿気や温度差
構造や動線
光と影
視線の抜け
そして人の心理そのもの
建築は単に雨風を防ぐための器ではなく、人の感覚や感情にも深く影響を与える存在です。
こうした空間と心理の結びつきは、日々の住宅設計や、長く快適に住まうための家づくりにも深く通じていると感じています。
今回の本では、そうした「建築から見るもう一つの視点」を、ミステリや怪異を入口として辿りながら、両者に共通する感覚のような物も探っています。
もちろん、専門的な建築解説書を書きたかったわけではありません。
建築に詳しくない方にも、物語を楽しみながら、「空間とは何か」「家とはどういう存在なのか」を、少しだけ違う角度から感じていただければと考えました。
企画段階から長く伴走してくださった編集者の方々をはじめ、この本に関わってくださった皆様に、あらためて感謝申し上げます。なによりも本書全般にわたり、印象に残るイラストで難解な文章を分かりやすく支えて下さったイラストレーターさんや、本全体のデザインを手掛けていただいた皆さんには、心から感謝いたしております。
本書を手に取ってくださった方には、ミステリを楽しみながら、その背景にある「建築」という存在にも目を向けていただければと思います。
建築とミステリ
遠いようで、どこか深い場所で繋がっていた二つの世界。
この本が、その入口になれば幸いです。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。