【CASE.4 壁に浮かぶ“顔”の正体】
【謎の事象の説明】
失恋をきっかけに見知らぬ土地へ引っ越し、中古マンションを購入した女性B。
最初は小さな違和感だった。毎朝起きると、寝室の窓際の床だけがじっとりと濡れているのだ。水をこぼした覚えはない。
窓も閉まっている。しかも不思議なことに、晴れた日でも床は濡れていた。
管理会社へ相談しても、「漏水は確認できません。しばらく様子を見てください」と言われるばかり。
だが数日後、今度は壁紙に奇妙なシミが浮かび始めた。
ぼんやり黒ずんだその形は、まるで“誰かの顔”のように見える。
しかも朝になるたび、その顔は少しずつ濃くなっていくような気がする。
「この部屋、何かあるんじゃ……」
しかも夜になると、誰かに見られているような気がする。
果たしてこれは心霊現象なのか、それとも――。

【探偵の見立て】
探偵は壁のシミを見つめ、静かに腕を組んだ。
「見える! 私には真実が見える! 私の“櫻色の脳細胞”が告げています」
そして自信満々に続ける。
「これは人為的な犯行です。別れた恋人が合鍵で侵入しているのかもしれない。あるいは前の住人の嫌がらせか……いや、管理会社が何かを隠している可能性も……」
自信満々で披露し始めた推理は徐々に迷走し始める。
「とにかく、誰かが夜中に侵入して水を撒いている可能性が高い。まずは防犯カメラを設置しましょう!」
【建築士の見立て】
「今度は探偵さんの登場ですか。防犯カメラの前に、まずは部屋を見せてもらえますか」
平面図を確認した建築士は、窓際の壁に触れて小さく頷いた。
「やはりここは北側の部屋ですね。これは雨漏りではなく“壁体内結露”です」
最近のマンションは気密性が高く、断熱の弱い部分だけ極端に冷えることがあります。
「特にこの窓際は“熱橋(ヒートブリッジ)”と呼ばれる断熱欠損があります。そこだけ冷えた壁に、部屋の暖かい空気が触れて結露していたんです」
建築士は部屋の隅に置かれたファンヒーターと、高性能の加湿器を指さした。
「暖房と加湿の組み合わせで、室内の湿気が増えていたんでしょうね」
では、壁に浮かぶ“顔”は何なのか。
「正体はカビです」
建築士はあっさりと答えた。
「人間は、ランダムな模様を見ると“顔”として認識してしまうんですよ」
後日、断熱補修と換気設備の改善、さらに加湿器の使用を止めたことで、床の濡れも壁のシミも綺麗に消え去ったという。
もっとも——。
この部屋を案内した管理会社の担当者が、別れた恋人によく似た人物だったとか、そうでないとか……。
【書籍の紹介】
いかがだったでしょうか? 幽霊の仕業かと思われた怪奇現象も、建物の構造や設備の仕組みを知っていると、全く違った「物理的な謎解き」に変わります。
5月29日発売の『建築トリック謎解きガイド』では、このような「建築の視点」からミステリ小説の謎に触れています。
「窓のない部屋はどうやって作る?」「隠し通路の図面上のごまかし方とは?」など、一級建築士である著者が真面目に考察した、建築×ミステリの新しい世界。ぜひ、本編でその謎解きを体験してみてください!
今日から発刊記念として、建築士の視点で解き明かす「建築怪異ファイル」を毎日一話ずつ、全六話にわたって公開します。
幽霊か、それとも建築か。
次回の怪異も、どうぞお楽しみに。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。