【CASE.5 絶対に開かない玄関扉の謎】
【謎の事象の説明】
フルリノベーション済みの綺麗なマンションに引っ越した女性。
ある日の夕方、キッチンで夕食の支度をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
宅配便かと思い「はーい」と応えて玄関へ向かい、扉を押す。
しかし――扉は開かない。
鍵は開いている。チェーンも掛かっていない。
それなのに、まるで外から押さえつけられているかのようにびくともしない。
数秒後にもう一度試すと、今度は何事もなかったように開いた。
だが外には誰もいない。
それからも現象は続いた。
必ず「夕食の支度中」にだけ扉が開かなくなる。
そして決まってチャイムが鳴る。
「誰かが、私を閉じ込めている」
女性は夕方が近付くことに恐怖を覚えるようになる――

【探偵の見立て】
現場に現れた探偵は、玄関扉に手をかけた瞬間、静かに目を閉じた。
そして――次の瞬間。
「見える! 私には真実が見える! 私の“櫻色の脳細胞”が告げています、この密室トリックの謎を!」
ビシッと扉を指さし語り始める。
「犯人は外側から電磁石を仕込んでいる可能性がある! あるいはワイヤーで固定するか、氷を使ったトリックに違いない!」
さらに続ける。
「ドアクローザーの逆利用か、外部からの物理的拘束か……!」
そして結論。
「とにかく! 扉の外に必ず犯人の痕跡があります!」
【建築士の見立て】
建築士はため息をついた。
「また始まりましたね……その犯人探し」
扉を一瞥し、キッチンへ向かう。
「まずこのレンジフードの換気扇を止めてください」
そして建築士は続けた。
「この部屋は気密性が高く、換気扇の排気量に対して給気量が不足しています」
建築士は玄関扉に手を置いた。
「結果としてこうなります。わずかな圧力差でも、この扉には数十キロの負荷がかかる。つまり外から誰かが押しているのではなく、室内が負圧になっているため、室内側に引っ張られているということです。夕食時だけ起きるのは、その時間だけ換気扇が強く働くからです」
建築士は給気口を開け、換気扇を再起動した。女性が玄関扉に手をかけると、今度は軽く開いた。探偵は呟く。
「……つまり、犯人はいないと?」
建築士は答えない。
ただ床に落ちていた小さな金属片を拾い上げた。その日以来、現象は起きていない。
ただし――夕食時になると、少しだけ玄関の音に敏感になる。
そしてチャイムの謎は残されたままだった。
【書籍の紹介】
いかがだったでしょうか? 幽霊の仕業かと思われた怪奇現象も、建物の構造や設備の仕組みを知っていると、全く違った「物理的な謎解き」に変わります。
5月29日発売の『建築トリック謎解きガイド』では、このような「建築の視点」からミステリ小説の謎に触れています。
「窓のない部屋はどうやって作る?」「隠し通路の図面上のごまかし方とは?」など、一級建築士である著者が真面目に考察した、建築×ミステリの新しい世界。ぜひ、本編でその謎解きを体験してみてください!
今日から発刊記念として、建築士の視点で解き明かす「建築怪異ファイル」を毎日一話ずつ、全六話にわたって公開します。
幽霊か、それとも建築か。
次回の怪異も、どうぞお楽しみに。
安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。