建築関係のニュースの中に、「建築学科在学中でも一級建築士試験を受験できるようにする制度改正案が検討されて」いるという記事が目に留まりました。
建築士の高齢化が進み、若手人材の確保が急務であることが、その理由のようです。現場に出ていると、建築士を含めた職人の高齢化は確かに感じます。ですから一級建築士の受験資格を前倒しし、学生のうちに資格取得へ挑戦できるようにすることには、一定の合理性があるのかもしれません。
しかし記事を読みながら、どうしても気になる点があります。それは資格取得の前倒しに対して、実務能力の担保策が見えてこない点です。
一級建築士は、建築に関する高度な知識を持つ専門家です。
法規を理解し、構造を学び、設備や環境についても知識を備えていることが求められます。その知識を証明する手段として、一級建築士試験が存在していることは確かです。
しかし一方で、住宅設計の現場に身を置く者として感じるのは、試験で問われる知識と、実際に家をつくる能力とは決して同じではないということです。
例えば住宅の設計では、
・敷地の癖を読むこと
・家族構成から将来の暮らし方を想像すること
・予算と要望の折り合いをつけること
・工務店や職人と調整すること
・図面には表れない住み心地を考えること
といった、建築士の試験の中では問われない事柄への判断が、とても大切であり、住宅設計の現場では日常的に求められます。そしてそれらは参考書を何冊読んでも、書かれてはいません。経験し、失敗し、悩み、現場で学びながら、少しずつ身についていくものだからです。
建築士という職能は、知識だけで成立する資格ではなく、経験によって育っていく職業なのだと思います。だからこそ私は、「学生のうちに一級建築士試験に合格すること」そのものには、あまり大きな意味を感じないのです。それよりも大切なことは、その後にあります。
社会はどうしても「一級建築士」という肩書に重みを感じます。住宅を建てようとする人の多くは、資格の取得年齢や実務経験年数までは見ません。
名刺に一級建築士と書かれていれば、「十分な経験と能力を持った専門家」と、受け取ることでしょう。ところが実際には、試験に合格したばかりの若い建築士と、二十年近く住宅設計を続けてきた建築士とでは、持っている経験や判断力には大きな違いがあります。
もちろん若いこと自体は悪いことではありません。私自身、若い世代が活躍することを否定するつもりは全くありません。むしろ建築業界には新しい感覚や発想が必要です。
しかし資格取得の時期を早めるのであれば、それと同時に実務能力をどのように育てるのかという議論も必要だと思います。
例えば、「一定期間の実務研修を義務付ける」とか「指導建築士のもとで経験を積む制度を設ける」とか「継続教育を強化する」といった具合に、本来であれば、そうした仕組みとセットで検討されるべき問題のように思います。
家は、多くの人にとって人生で最も高価な買い物です。そしてその家は、何十年にもわたって家族の暮らしを支える器になります。だからこそ建築士に求められるのは、資格を持っていることではなく、その資格の背景にどれだけの経験と責任感、そしてその家に対する想いの深さがあるのかが大切だと考えています。
人材不足への対応は確かに必要です。けれども、それが単なる資格取得者数の増加だけで終わってしまうなら、本当の意味で建築の未来を支えることにはならないでしょう。
建築士制度の見直しが議論される今だからこそ、「資格をどう取らせるか」だけでなく、「建築士をどう育てるか」についても、同じくらい真剣に考える必要があるのではないでしょうか。
「資格者を増やすこと」と「良い建築士を増やすこと」は同じではありません。建築士制度の見直しが、その違いを見失わないものであってほしいと思います。
「その制度変更によって利益を受けるのは誰なのか」
「そこで建てられる家は本当に良くなるのか」
建築士制度の議論は、本来そこから始まるべきものなのかもしれません。
【お知らせ】
ところで、5月29日にエクスナレッジから著書『建築トリック謎解きガイド』が発刊されました。
もし興味を持っていただけたら、そちらも手に取っていただけたら幸いです。
執筆者:安井 俊夫(天工舎一級建築士事務所 代表)
「自分たち家族は、この先どんなふうに生きていきたいのか」
ご家族の想いを大切にし、時間が流れて変化していく慣れ親しんだ物理的な器としての家づくりを、お手伝いしています。小田原周辺での住宅設計や、日々の積み重ねを大切にした無理のない省エネリフォームなど、住まいに関するご相談は、お気軽にお寄せください。
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