『建築トリック謎解きガイド』発刊記念★建築怪異ファイル.6<最終話>――誰もいない天井裏の謎

【CASE.6 誰もいない天井裏の謎】

【謎の事象の説明】

仕事の関係で都会から地方都市に引っ越してきた青年Cは、職場に近い築2年の木造アパートの2階に暮らし始めた。

今まで住んでいたマンションとは比べ物にならないほど安い家賃に喜んだのも束の間、少しずつ部屋に不満を覚え始める。

広さは2DKで一人暮らしには申し分ないが、やたらと部屋が暑い。引っ越してきた時期は6月。しかも下の階の音が、まあまぁ聞こえる。

そんな部屋で暮らし始めて1か月が経つ頃、夜、天井から不思議な音が聞こえることに気が付いた。

毎晩のようにパキパキ、ミシッと、まるで誰かが天井を歩くような音が聞こえ、恐怖を感じるようになる。

【探偵の見立て】

現場に現れた探偵は、室内を見回し、そして天井を眺めたあと、静かに目を閉じた。

そして――次の瞬間。

「見える! 私には真実が見える! 私の“櫻色の脳細胞”が告げています、この怪異な現象の正体を!」

ビシッと天井を指さして語り始めた。

「今からちょうど101年前、かの江戸川乱歩先生が書かれた『屋根裏の散歩者』という作品を皆さんは御存じですか。アパートの隣室から部屋の天井を伝わり、隣室の様子を夜な夜な眺めた不届き者の話を。今回の事象はまさにそれ! さぁ、さっそく屋根裏の散歩者を捕まえに行きましょう!」

【建築士の見立て】

鼻息も荒く部屋を飛び出そうとする探偵の腕を掴み、建築士はため息をついた。

「まぁ少し落ち着きましょう」

青年に了解を求め、ユニットバスの天井点検口から小屋裏を覗いてみる。懐中電灯に照らされた小屋裏は埃っぽく、すぐに鼻がムズムズし始めた。持参したデジカメで小屋裏の様子を撮影し、すばやくノートパソコンにデータを飛ばし、みんなで観られるようにした。

「見て分かる通り、人が歩いた痕跡は見当たりません。ただ小屋裏に敷かれている断熱材ですが、最低限の断熱材は入っていますが、正直、快適とは言い難いですね」

「皆さん、屋根裏の散歩者の正体は、人間ではなく『急激な温度変化』だと考えられます。

「この部屋は屋根の直ぐ下なのに、考えている以上に断熱材の量が足りていません。日中、屋根裏は太陽の熱でサウナのように熱せられ、木材も金物も膨張しきっています。そこへ夜に仕事から帰ってきた青年が、暑さに耐えかねて冷房を強めに入れると、天井のすぐ上は灼熱、すぐ下は冷え冷え。この急激な温度差で建材が一気に縮み、木材と接合金物が擦れて『パキッ』『ミシッ』と、鳴ると考えられます。エアコンの冷気が広がるのに合わせて、端から順番に鳴っていくから、まるで人が歩いているように聞こえるんですよ」

一同はその説明に納得し、安心したように肩の力を抜いた。

その時……ミシと、真上で一歩だけ音が鳴った。全員が沈黙したまま天井を見上げる。

すると探偵がニヤリと笑い、「見える! 私には真実が――」

建築士が横目で「気のせいです」と、即答した。

でもなぜか建築士は、少しだけみんなより長く天井を見上げていた。

【書籍の紹介】

いかがだったでしょうか? 幽霊の仕業かと思われた怪奇現象も、建物の構造や設備の仕組みを知っていると、全く違った「物理的な謎解き」に変わります。

5月29日発売の『建築トリック謎解きガイド』では、このような「建築の視点」からミステリ小説の謎に触れています。

「窓のない部屋はどうやって作る?」「隠し通路の図面上のごまかし方とは?」など、一級建築士である著者が真面目に考察した、建築×ミステリの新しい世界。ぜひ、本編でその謎解きを体験してみてください!

発刊記念としてお届けしてきた「建築怪異ファイル」も、今回で最終話となります。

書籍のご案内を兼ねて始めた小さな連載でしたが、住まいの中で起こる不思議な出来事も、その仕組みを知ることで全く違った景色に見えてくることがあります。

もしこの連載を通じて、普段何気なく見過ごしている住まいの中にも、新しい見方や発見があることを感じていただけたなら、著者としてこれ以上の喜びはありません。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

幽霊か、それとも建築か。

そんな視点で住まいを眺めてみると、身近な風景も少し違って見えるかもしれません。


安井俊夫|天工舎一級建築士事務所
一級建築士・『建築トリック謎解きガイド』著者。建築や暮らし、本について日々感じたことを書いています。