住まいの生理学08|オープンキッチンの弊害―失われた選択肢を考える

23年前に設計のご協力をさせていただいた住宅のリフォーム工事が進行中です。工事内容は外壁の塗り替えや木製建具の修理、障子の張り替えなどが主な作業です。建物は23年という時間が経っていますが、住まい手に大切に扱われてきたことが、劣化箇所やその内容からも感じられます。

その住宅に設えたキッチンは、今で言う対面型の「オープンキッチン」ではなく、外壁に向かって設えた「壁付けキッチン」でした。しかも既製品のキッチンではなく、すべてステンレスで製作された一点物。そこにはロット番号が刻印されたプレートが貼られ、使わなくなれば製作メーカーが買い戻すという、考え方としても質の高いキッチンです。

収納も最小限しかありません。

最近のキッチンカタログを見ると、細かな収納や便利な機能が数多く並んでいますが、このキッチンは違います。

・掃除がしやすい

・余計なものを付けない

・壊れにくい

・長く使える

そんな思想で作られたキッチンです。「壁付けキッチン」という設え方も、最近ではほとんど見かけることが無くなりました。住宅展示場へ行っても、雑誌を開いても、SNSを見ても、そこに並ぶのは対面型のオープンキッチンばかりです。

オープンキッチンを否定しているわけではありませんので、誤解なく。

以前にはLDKの中央に大きな造り付けテーブルを設え、その一角にキッチンを組み込んだ住宅を提案したこともありました。その意図とすれば

・食事をする

・勉強をする

・本を読む

・パソコンを開く

・家事をする

・昔の炬燵のように、家族が自然と集まってくる場所

キッチンと大きなダイニング・テーブルを、家の中心として考えた提案だったからです。残念ながら形になることは有りませんでしたが、「食」と「憩い」が、家の大切なポイントであることは理解しています。

私が少し疑問に感じていることは、オープンキッチンの在り方の話ではありません。疑問なのは、「いつから私たちがオープンキッチン以外の選択肢を語らなくなったのか」ということです。

また以前、木製の造作キッチンを設えた住宅がありました。完成からしばらくして、その家では、天ぷらを一切作らなくなったと聞きました。理由は単純にキッチンやリビングを油で汚したくなかったから。

その気持ちはよく分かります。せっかく造った美しいキッチンです。綺麗に使いたいと思うのは当然ですが、私は少し考えてしまいました。

家族の豊かな食生活のために造ったキッチンだったはずなのに、家を汚さないことが優先され、作る料理が減ってしまう。それは本当に望んでいた暮らしなのだろうかと。

・孤独な家事から解放されるため

・家族との会話を増やすため

・子供を見守るため

そんな理由で選ばれたはずのオープンキッチンが、いつの間にか暮らしを制限する存在になってしまうことに、違和感を覚えたのです。

この違和感は収納にも共通していると思っています。住宅の打ち合わせをしていると、多くの方が収納を増やしたいと希望されます。「収納は多い方が良い」それは今や常識のようになっています。

ですがその考え方にも少しだけ疑問を持っています。実は冒頭に触れた現在リフォーム中の家には、収納がほとんどありません。押入れ一間半程の収納スペースだけです。新築当時には階段下にキャスターの付いた可動式の箪笥を設え、座布団や日常の細々した物を収納できるようにしていたのですが、数年後には無くなっていました。

ですから最近の住宅と比較すると、驚くほど少ない量しかありません。ところが23年経った今でも、その家の中は新築当時のままなのです。けして収納スペースが多いからではなく、家人が物を増やさないからです。

例えばシャツを一枚買ったら、一枚手放す。新しい物を迎える時には、何かを手放す。そうした暮らし方を23年間続けてきた結果なのです。

誤解のないように書きますが、収納スペースが不要だと言いたいわけではありません。

収納場所は絶対に必要です。しかし収納量と暮らしの豊かさは比例しないと思っています。もっと言えば、収納場所があることで安心し、かえって物を増やすことがあると考えています。

収納不足が問題なのではなく、物が増え続ける暮らし方そのものが問題なのではないか。そう感じることも少なくありません。

先日、ある方から住宅相談を受けました。断熱性能について細かく調べられていました。希望するキッチンメーカーも決まっていました。設備機器についてもよく勉強されていました。要望書も丁寧にまとめられていました。

ところが私は一つだけ気になることがありました。

「どんな家に住みたいのですか」そうお聞きしたのですが、返ってきた答えは、「考えたことがありませんでした」でした。

正直、驚きました。しかし本当に驚いたのは、その方がそれまで相談してきた住宅メーカーの設計士は誰一人として、その質問をしていなかったことでした。

・断熱性能の話

・設備機器の話

・キッチンの話

・収納の話

そうした話はたくさんしたそうです。しかし、「どんな暮らしがしたいのですか」という話は、一度も出なかったそうです。その質問をしない設計者が増えたことに、私は危機感を覚えます。そして同時に自分の暮し方や、歳を重ねた先の家族の姿を想像しない依頼者にも不安を感じて仕方ありません。

私はそこに、今の家づくりの問題があるように思っています。

・オープンキッチンが正しいのか

・壁付けキッチンが正しいのか

・収納は多い方が良いのか

・少ない方が良いのか

本当はそんなことより先に、考えるべきことがあるはずだからです。

家とは、設備機器の集合体ではありません。

家族が暮らすための器です。

暮らしに合わせて家を考えるのか。

家に合わせて暮らしを変えるのか。

その順番を間違えると、家は少しずつ窮屈なものになります。

汚れるから料理をしない。

散らかるから趣味をやめる。

見栄えが悪いから物を出さない。

本来、家とは家族の暮らしを受け止める器だったはずです。

それなのに、家を綺麗に保つために暮らしの方を我慢している。

そんな家が少しずつ増えているような気がしています。

オープンキッチンは悪くありません。

収納も悪くありません。

問題なのは、それ以外の選択肢を提案する側が語らなくなったことです。

壁付けキッチンという選択肢があってもいい。

収納を最小限にするという考え方があってもいい。

本来、設計者の仕事とは、流行を説明することではなく、その家族に合った選択肢を一緒に探すことだったはず。

その考え方は私が独立した当初から何も変わっていませんが、なぜ住宅業界はこれほどまでに一つの答えだけを、語るようになってしまったのでしょう。そしてなぜその潮流に乗ることだけを盲目的に信じているのかが、不思議で仕方がありません。


執筆者:安井 俊夫(天工舎一級建築士事務所 代表)

「自分たち家族は、この先どんなふうに生きていきたいのか」

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